※微電波


孤独は目に見えない。音もない。触れて、肌触りを確かめることもできない。
いつだってそれは俺たちの感情ひとつに左右されながらそこに存在している。



一人でいることと孤独とは違う。仮に俺が例え一人であったとしても、俺はそれを嘆くことはない。反濁した悲鳴は押し込めた。俺には吐き出すものなど、最初からなかったはずだ。



膝を抱えてそこに顔を埋める。真っ黒だ。濁流に呑み込まれたような、それでいて鮮烈な感覚。背骨がみし、と音をたてた。俺はどうやら悲しいらしい。


(何が、だろう)


俺の拙い言葉では言い表せない何かが胸につかえている。いや、初めから言うべきことなどなかった。
単純で明白な答え。かなしい――それだけだ。






「こんなところにいたの、風丸くん」






聞きなれた声がした。
暖かみのあるアルトの声音。耳に心地の良い、声が。






「………吹雪、」

「ひどい顔してるね。自称イケメンが台無しだよ」

「……うるさい。客観的に見てもイケメンに決まってる」

「はいはい」






吹雪はへらりと微笑んだあと、あたかも当然のように俺の隣に座った。俺もそれを当然のように受け入れる。言いようもないほど心の奥底安心した俺が、そこにはいた。


(俺、は)


気づいたら、もう二度と戻れない。寂しさなんて感じることなどないと、思っていたのに。

誰かが側にいてくれるというのは、当たり前のように見えてそうじゃない。俺が誰かを想えば、俺も誰かに想ってもらえる。人の関係とは良心、良識、慈しみで成り立っているのだ。



この世は哀しい涙だけで覆われているのだと、思っていたのはいつのことだっただろう。少なくとも、俺たちが出逢う前だった気がする。
四角く切り取られた世界から覗く景色は、俺たちが生きる過程で何かを照らしてくれるだろうか。そうであることを切に願った。






「ねえ、知ってる?」






吹雪の目は暗い海の底で呼吸を繰り返す水のようだ。浸透していく。その碧に映る俺は確かに俺で、しかしここに、生きている。

交錯した視線を逸らせなかったのはきっとただの強がりだった。大概自分は天の邪鬼だ、自覚はあった。






「しあわせってね、本当は目に見えるんだよ」






再び俺は眼を閉じる。
紺碧の空などここにはない。見果てぬ地平線などどこにもない。
それでいいと思った。俺は歩き続けたいだけなんだ。長引く雑音の意味を手探りで模索するのは、とうに疲れてしまった。






「……知ってるよ。俺を誰だと思ってるんだ」

「きしめん君」

「違う、しばくぞ太眉」






吹雪の頭を軽く小突く。奴はへらへら笑って俺の髪を引っ張った。俺も、いつしか笑っていた。暗鬱はいつしか消えていた。


(俺のしあわせ、は)


吹雪に、仲間に、俺を好きになってくれた全ての人たちに、






「風丸くん」






また、俺を呼ぶ声がした。すぐに誰かはわかった。たった一人の、特別な人。
ヒロトだけじゃない。その後ろには慣れ親しんだ顔ぶれが皆、俺を見ていた。幼馴染みのあいつも、共に雷門を支えてきたあいつも、陸上部の後輩のあいつも、……奴らを始めとしてそこにずらりと並んでいたのは、つまりは俺のしあわせそのものだった。



吹雪がトンと俺の背中を押す。振り向く前に「行っておいで、」と言われてしまった。変によく気がつくやつだ。ありがとうすら、言いそびれてしまった。
立ち上がり、颯爽と走り出す。足が軽い。羽が生えたようだった。






「今行くよ、」







俺たちの世界をぐるりと包むこの空気は、常に誰かの優しさを孕んでいる。








優しい世界で呼吸する




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