魚が空を飛んでいる夢を見た。
どこまでも広がる綺麗な青空なんてそこにはなくて、ひたすら荒廃とした寂しい景色の中、テレビなんかで見たことがあるような陳腐な色形の魚が二匹で泳いでいた。


俺はそれを黙ってみている。何もない世界で取り残された彼らを、目が血走るほどに。
取り残されていたのは俺だって例外ではない。だけど俺はあくまでも、観察者として彼らを眺めることにこの上ない悦びすら感じていたのだ。

劣情だとも。認めれば、彼は俺をあざといと笑うのだろうね。



二匹の魚の姿は優美だった。それでいてひどく苦しげだった。当然だ。だってここは海じゃない。俺が今こうして呼吸をしているのは酸素があるからで、俺のような完璧な人間にも出来損ないのゴミのような人間にも等しく酸素は必要だ。わけもわからず、苛々した。


二匹の魚はお互いの肉を喰らい始めた。スーパーに並ぶ切り身みたいに整った形はしていないけれど、血は出ていないようだった。ぽろぽろと肉片がこぼれるけど、痛みすら感じていないようだった。
魚肉ソーセージの製造現場に迷い込んだようだな。出口はどこだ。魚の目玉なんてお土産にもいらないよ。



あ、と思った。



緩やかに精神が分離する。感覚が表面に浮かび上がって神経すら切り離されて俺は一個体として陸に浮上する。
何もかも遠退いたイメージは死に一番近い場所なのかもしれない。知ってるか、魚って本当は歩けるんだ。


傷ついたのは誰だっけ。あの魚は俺だったのかもしれない、どうでもいいけど。無性にタンパク質が欲しくなった。とりあえず冷蔵庫を漁ろうと思ったけど、体が動かなかった。





「何してるの?」





朝。俺は、彼に起こされる。
夢を見ているうちにかいたであろう汗のせいで、じんわりと衣類が肌にまとわりつくのがたまらなく不快だった。





「吹雪、士郎」
「うなされてたよ。どうしたの、君らしくないね」
「うるさいな。たまには俺だって……悪夢ぐらい見るよ」





けれどあれは果たして本当に悪夢だったのか。暗に示唆していたものは間違いなく俺の絶望の片渕だ。あの片方が俺だとすれば、もう片方はもちろん、


悲しいと、思った。傷つけるだけの気持ちならば捨ててしまいたい。鬼である誇りの代わりに失われるものを愛と呼ぶのなら、きっともう誰も俺を救うことなんてできないのだろう。





「ねえ、ミストレ君」
「なに」
「運命って信じる?」
「は?何さ、藪から棒に」
「八十年の時を超えて僕たちが出会ったのは、偶然じゃない。偶然じゃないよ」
「……、」
「君が何かに迷うなら、僕が君のために祈ってあげる」





だから泣かないで、そう俺の手をとった彼の手のひらは、俺が思った以上に冷たくて。
不意に鼻の奥がツンとして、俺は静かに瞼を伏せる。残酷なのは俺じゃない。最初からその一言があればそれでよかった。吹雪士郎を抱き寄せた俺の手は、もう震えてはいなかった。





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