「別れよう、風丸」






そう豪炎寺に言われて、彼の頭の中に真っ先に浮かんだ言葉は『あれ?今日ってエイプリルフールだっけ?』だった。
しかし一年に一度訪れるその日はすでに過ぎている。豪炎寺の言葉は嘘でもなんでもなく、まごうことなく風丸に向けられた明確な別れ文句だった。


その言葉を口にした瞬間に豪炎寺がひどく歯痒そうな、もの悲しい微笑を浮かべていたからだろう。よりいっそう現実味を帯びた真実となって、その五文字は風丸に伝えられたのだった。



だが当の風丸はたいして動じもせず、無言のままジッと豪炎寺を見つめる。
観察というよりも睨み付けているのに近く、意思を探ると言うより不満を剥き出しにしているという方が正しい。






「理由」

「え?」

「別れたい理由ぐらい教えろよ」






風丸の真っ直ぐな視線と物言いに、豪炎寺は一瞬たじろぐ。しかしややあって、豪炎寺はさらに思い詰めた様子で俯いてしまった。






「俺は、」

「うん」

「……不安なんだ」

「うん」

「俺なんかが本当に、お前をこれからずっと幸せにできるか」

「うん」

「不安で、怖くてたまらない」

「そっか。うん、わかった」

「すまない」

「一つお前に言いたいことがあるんだけど、いい?」






風丸は豪炎寺を見つめる。豪炎寺の手が微かながら震えているのに気がついて、風丸は苦笑をもらした。


薄々感づいてはいた。豪炎寺が何かを抱え込んでいたことを。薄々そんな気はしていた。いつか、別れを切り出されるのではないかと。
風丸はわかっていた。それは決して、豪炎寺が彼を好きではなくなったというのが理由なのではないということを。



そして、だからこそ。






「ふざけるな。バカにするのも大概にしろよ」






豪炎寺が息を呑む。風丸は、尚も微笑を浮かべていた。それは背筋が凍りつくような冷たい笑顔ではなく、豪炎寺を小バカにしたような挑戦的な笑みだ。






「俺がいつ、お前に幸せにしてくれなんて頼んだんだ?」

「それは、」

「俺はな、豪炎寺。幸せになりたいからこそ、お前といるんだ」

「!」

「幸せになるために、俺は豪炎寺を選んだ。この意味、わかるか?」

「風丸、」

「わかったら二度とそんなこと言うなよ」






そして、風丸は「ん。」と腕を広げて見せた。豪炎寺はくしゃりと表情を崩して、彼に近寄る。初めから、こうなることは決まっていたのだ。
(ああ、俺もつまりは、風丸と同じだ。)



お互いが幸せになるために、お互いの側にいることを決めた。きっとそれが本来あるべき、






「愛、か」

「豪炎寺、今すっごくクサいこと考えただろ」

「そんなことはない」

「で、別れる?」

「ばっ……別れない!」

「ははは、じゃあ俺が豪炎寺を幸せにしてやるよ!」

「……必要ない。今も充分、幸せだ」






そう呟いて、ぎゅ、と風丸を抱き締める。風丸もまた、豪炎寺の頭を何度も撫でた。幸せになる方法は、彼らの腕の中で今日も空気を暖め続けている。



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