今年は異常気象による寒波のせいで、例年に比べて桜の開花が遅くなったらしい。
ほんの数週間前までサッカー漬けの毎日を過ごしていた円堂にはよくわからなかったが、高校の入学式が行われた後も凛と咲き続ける桜の花を見て、「ああ、まだ咲いてるんだなあ。」と小さな欠伸と共にもらしたのだった。満開の時期が過ぎても、まだまだ桃色の花弁は美しく花開いている。八分咲き、というところか。風の流れに沿って舞い降りる花びらに手を伸ばすが、ひらりと円堂の掌をかわして、そのままどこかへ飛んでいってしまった。
そうだ、と円堂は桜をぼんやり見上げる。今まではサッカーボールだけを追いかけて、サッカーボールしか見ていなくて。だから、桜をまじまじと見ることもなかったのだ。



「随分と似合わないことをしているな、円堂」



不意に桜の木の後ろから聞こえた、聞き慣れた、しかしなんとなく懐かしい声。高校でもこだわりの髪型は変えないらしい。うっすらと大人びた微笑を浮かべ、現れたのは豪炎寺だった。円堂が雷門中と似た形の学ランであるのに対し、豪炎寺は薄い茶を基本としたブレザーを正しく着こなしている。円堂は彼に気づくと「よっ、豪炎寺!」とニイッと口の端をあげた。



「久しぶり……でもないか。まだひと月も経ってないもんなー」

「どうだ、学校は」

「もっちろん楽しいぜ!サッカー部の先輩方も、みーんな俺のこと笑って迎え入れてくれてさ!」

「そうか、よかったな」

「ああ!そういう豪炎寺はどうなんだ?」

「お前と同じさ。やっぱり世界一という肩書きがあると、待遇も変わるものなんだろうな」

「そんなことないさ!肩書きなんてなくても、豪炎寺がすんげえプレイヤーだってことは変わらないだろ?」

「そうか……ありがとう」



彼らはつい昨日もそうしていたかのような、数週間前と変わらない足取りで桜並木に囲まれた歩道を歩き出した。出会ったのは偶然に他ならなかったが、このまま二人で他愛ない話に花を咲かせるという流れがすでにできている。築き上げた信頼関係に、無駄な言葉は不要であった。
色々な話をし、色々な話を聞いた。サッカーに関することもそうだが、将来の話や思い出話もあり、話題が尽きることはなかった。もともと無口な豪炎寺だが、一対一の対話であれば口数も多くなる。二人は時間も、場所すらも忘れて話し続けた。

春過ぎの、夏の訪れを感じさせる風はすでに生暖かく、心地よい緩やかな眠気を誘う。円堂と豪炎寺がどこかで休もうか、と桜並木の道の途中で座れる場所を探していた時のことだ。一際大きな桜の木と、その下に配置された一つの木製のベンチ。その左端で、うつらうつらと舟を漕いでいる見慣れた人物を発見したのだった。



「円堂、あれ」

「ん?……あ!鬼道!!」

「、………えんどう?」



うっすらと帝国学園の軍服のような服を思い出させる制服を身に纏った鬼道、その人だった。中学校では常に装着していたゴーグルは、今は外している。けれどドレッドの特徴的な髪型は変わっておらず、鬼道は二人に気づくと目を丸くして顔を勢いよく上げたのだった。



「二人とも、どうしてここに?」

「俺たちもさっきたまたまそこで出くわしてさ!なっ、豪炎寺」

「ああ。鬼道にまで会えるとは思わなかったが」

「はは……俺もだ」



鬼道がふっと微笑をもらす。彼の横の空いているスペースに円堂と豪炎寺も腰を下ろし、三人の後ろで堂々と根を張る桜の大木を自然と見上げた。



「ゴーグル、取ったんだな」

「サッカーをする時にはつけているさ」

「なあなあ、マントは?」

「健在だ」

「そっか、よかった!どっちも鬼道の大切なトレードマークだからな!」

「お前たちは、見た感じ全く変化がないように見えるが?」

「あはは、そんないきなり変わってもびっくりするだろ?」

「俺たちは、高校デビューには興味がないしな」

「そうそう、サッカーできればそれでいいんだ!」

「相変わらずだな、円堂」

「まったくだ」


くすり、と笑った鬼道につられ、豪炎寺も微笑む。円堂もそんな二人の様子を見てニイッと無邪気に歯を見せる。制服こそ違えど、変わらない三人の姿がそこにはあった。変わらない友情の絆。まさに彼らの頭上で咲き誇る桜の花が、その象徴のようにも思われた。



「なあ鬼道、豪炎寺!今日俺たちがここで出会えたのって、何か意味があると思わないか?」

「意味?」

「……そうだな。偶然の一言で済ますには勿体ない」

「だろ?」



彼らが大人になりゆくのは自然の理だ。それは呼吸をするのに等しく、それも捉えようにとっては深呼吸一つこぼす間に時はゆるりと流れてしまう。記憶はいつしか忘却へ。思い出はいつまでも鮮明に焼き付けられるものではない。
だからこそ彼らはその証を残そうとした。サッカーという繋がりで、誰にも掻き消されることのない証を、心に刻みつけているのだ。共に歩み、共に泣き、共に笑った彼らの心に。



「なあ、三人で花見やらないか?」

「花見?」

「それはまた突然の提案だな」

「俺たちが部活帰りによく行った駄菓子屋でなんか買ってさ、ここで花見やろう!」

「俺はかまわないが……鬼道は?」

「問題ない」

「よーし!それでさ、今ごろ雷門中で部活やってるだろうから、栗松たちにサッカーボール借りて……」

「おい、もしかして」

「三人でサッカーやろうぜ!!」

「言うと思った……」

「花より団子ならぬ、花よりサッカーだな」



鬼道と豪炎寺がほぼ同時に苦笑いをもらした。しかしその表情にはどこか嬉々とした様子も伺える。いつだって、考えることは同じだった。円堂は満面の笑顔を浮かべながら、すでに駄菓子屋へ向かい走り出していたのだった。それはまるで、いついかなる時も輝き続ける太陽の如く。







(この世界で誰よりも信じ合い、笑い合える親友に!)

∴マジで感謝!!



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