バカは風邪をひかない、なんて先人達は言ったものだが、あれは結論を言ってしまえば正しくはない。少なくとも俺はそう思ってる。バカの定義なんて人それぞれであるし、そもそも風邪をひくかひかないかは個人の免疫力に大きく関わるもので、つまり科学的に検証しようがない。


そういう主観的な考えによる偉人達の言葉なんて、俺には到底理解できないというのが俺の持論だ。むしろ「バカは死んでも治らない。」の方がまだ比較的信憑性があるように思われる。



しかし仮に先人達のその言葉を認めるとすれば。
今、俺の眼下で布団にくるまって寝ている、真っ赤な顔した源田はまず間違いなく。






「バカとしかいいようがないよな」

「すまん……」






***






源田が風邪をひいた。
俺がそのことを知ったのは、朝のショートホームルームが終わり、悠々と一限目の準備をしていたときのことだ。






「……おい佐久間、聞いてんのかよ」

「は?なんだ」

「はあ〜…だから、源田が風邪で学校休むなんて珍しいなって」

「風邪?……おい、あいつ休みなのか?」

「さっき担任がそう言ってたじゃねえかよ」






隣の席の辺見が大袈裟にため息をついてみせる。そうは言われても、俺は基本的に両親や監督以外の大人の話は聞かない主義だ。朝の報告なんていちいち聞いているはずもない。
辺見も俺の性格を知っているからこそ、このタイミングでそれを話題にしたんだろう。






「源田が風邪……」






そこまで呟いて、俺は言い知れぬ悪寒のようなものを感じた。
多少言い過ぎである気もするが、とにもかくにも不快感が俺の背筋を一直線に駆け抜けたのだ。


源田の心配をしているわけじゃない。仮にも帝国のキーパーだ。たかだか風邪ごときで完全にダウンするほど、あいつはヤワじゃないだろう。



けれどやはり落ち着かない。そわそわする。普段はわりと真面目に受けている授業も、今日はやる気が削がれてしまった。






「……やっぱ帰るわ。辺見、あとはまかせた」

「は?」

「具合悪いから帰ったって行っとけ。部活には出るから」

「おま、学校休んだら部活にはこれねえ」






ぞ、と辺見が続ける前にさっと片付けた荷物を背負って教室を出た。
途中すれ違った教科担任に声をかけられたが、「調子悪いんで。」の一言で済ませて切り抜けた。明日呼び出しくらうだろうな。



遅刻してきた生徒と入れ違うように、俺は帝国学園の玄関を出る。普段なら部活が始まる前に源田といつも通る道だ。ここを通って部活に二人で行くのが、当たり前になっていた。


(……まただ。)


なんとも言えないこの感じ。
認めたくないが、どう考えても俺は動揺しているらしい。






「くそ、源田のくせに」






なんで俺がこんなに振り回されなきゃならないんだ。しかも、今ここにいないあいつのために。


いや、もしかしたら今ここにあいつがいないからこそ、俺は。






「ったく……」






これじゃあ、行ってやるしかねえじゃん。






***






そして冒頭に至る。
ありえないことに、源田の両親は二日前から海外旅行に行っていて、俺が来るまで玄関の鍵すらかかっていなかった。不用心にもほどがある。


おまけに、だ。家に一人ということはまともな食事も口にしていなかったということで。






「なんで俺がお前に食べさせてやらなきゃならないんだよ」

「す、まん……」

「謝んなバカ。許さなきゃいけなくなるだろ」

「うっ…ゲホッ、っ……」

「もうしゃべんな。ほら、口開けろよ」






思ったよりも源田は重病みたいで、受け答えする合間にもゼエゼエと苦しそうに呼吸するのがやっとらしかった。
汗ばんだ身体を抱き起こし、買ってきたゼリーを無理矢理口の中に押し込む。苦しいだろうが、胃に何も入ってない状態では治るものも治らない。



そういうとこは源田もわかってるみたいだ。多少乱暴に食わせても文句ひとつ溢さず、いつの間にかゼリーの入っていたカップは空になっていた。






「はい、完食」

「ありが、ぐ、げほっ、げほ……っ、う」

「吐いたら承知しねえぞ」

「わ、わかってる」






咄嗟に口を抑えた源田の背中を何度か擦ってやる。喘息はこうするとだいぶ呼吸が楽になると聞いたことがあったからだが、これが効果覿面だったらしく、ようやく顔色が良くなった。






「ったく、心配させるなよ」

「……?佐久間は、心配して、きてくれたのか?」

「お前は俺を鬼とでも思ってるのか」

「まあ……近い感じでは、ある、な」

「帰る」

「はは、そう……だな。それが、いい」

「……そこは止めろよ!!」

「えっ…佐久間、今日の授業はげほっ、ごほっ」

「サボったっつの……」






再び噎せた源田の背を擦り、その身体を布団に押し倒す。決してやましい意味ではない。単に布団に寝かせたということだ。






「さ、佐久間」

「んだよ」

「なら、帰らない、よな」

「……」






俺は鬼でも冷血漢でもない。ここで源田の気持ちを察せないような人間、でもないつもりだ。
ずっと一人だったんだ。しかも気が弱くなっているときに。誰かにいてほしいに決まっている。






「……ああ、帰らないさ」






自分のことに関してはドがつくほどアホなこいつのことだ。
放っておいたら火事とか起きかねない。もしくは階段からひっくり返ったり。空き巣に入られて抵抗できないまま襲われるかもしれない。ダメだ、やっぱり俺がいてやらないと。



俺がそう言うと、源田はバカみたいに目元を緩ませて、口の端を引き結んだ。






「ありが、とう」






源田はそう、はにかんで笑った。
言いたくはないが、俺はこいつのこの表情が、なんとなく好きだったりする。


(あ、モヤモヤが。)


なくなっていた。気づいたら、まったく感じなくなっていた。どうして。


(そうか、)




源田がいるから、だ。






「いいから、早く治せよ」

「そう、だな。はやく、サッカー、したい」

「それもだけど」

「……?」

「お前がいないと俺の調子が狂う」

「……?!!げほっ、ごほっ、う、ぐ!」

「バカ、何してんだ」

「ふ、不意打ちなんて、卑怯だぞ!」






もともと赤かった源田の頬がさらに赤みを増す。言うまでもない、俺のせいだ。






「責任、とってやるよ」



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