音無はよく鏡を見ては百面相する。化粧してない自然なままの顔のパーツを指でなぞって、「もっと大人っぽくなりたいなあ。」と毎度アホみたいに同じことを呟いている。
俺からすりゃ、やっぱりそんなのはアホみたいにしか聞こえないけど。音無の「大人っぽく見られたい」っていう、その気持ちが不思議で仕方ない。
だって俺たち、まだ中一だろ?本当に大人になったら日が暮れるまでサッカーなんて出来ないし、マネージャーだってとっくに引退だ。大人になんてなりたくない。それが、俺の本音。
でも、どんなに頑張っても、俺たちが大人になるのは自然の道理ってやつで、俺は自分のちっぽけな手が少しずつ広く大きくなっているのを感じては、嬉しいような歯がゆいような何とも言えない気分になるんだ。
どうしたって子供のままじゃいられない。サッカーして生きていられるのは今のうちだ。化粧なしで外を歩けるのだって、今のうち。(まあ、俺は音無にはメイクとか、してほしくないんだけどさ。)
「バッカじゃないの」
「バカじゃないです!」
「あと五年待てばいいだけじゃんか」
「そういう問題じゃないのよ」
「じゃあどういう問題だってんだ」
「とにかく、ちょっとでもキレイだって思われたいの」
「誰にさ。だーいすきなお兄ちゃんに?」
「半分正解。だーいすきだけどお兄ちゃんだけじゃないよ」
振り返った音無はやっぱり童顔で、このままじゃ五年経っても大人には見られないかもしれないな、ってひっそり思った。
前に一度ドレス姿を見た時も思った気がする。確かにキレイだったんだけど、あんな上品できらびやかなのは音無じゃない。そう思わないと胸がムカムカして仕方なかった。
子供なのは俺も同じだ。あいつに置いていかれるのが、俺はたまらなく嫌なんだ。
「もったいぶらないで早く言えばいいだろ」
「ええ、それじゃつまらないじゃない」
「最初から面白い話でもないけどね、うしし」
「もう、いじわる」
あいつが大人になったとき、俺も大人になれているだろうか。音無より身長も高くなれているだろうか。イタズラ癖も治せているだろうか。後者はなんとなく無理なような気がする。
「えへへ」
「なに笑ってんだよ」
「何でもない。やっぱり早く大人っぽくなりたいと思っただけ」
「まだ続いてたのかよ」
「いいじゃない。早くキレイになって、他の誰も好きにならないくらい木暮くんに想ってもらえる女になりたいの。ロマンチックでしょ?」
「いいや、寒いね。そんな心配いらないだろ。信用してない証拠だ」
「信用してるよ」
「ホントに?」
「でも保険。女を磨いて損はないわ」
「他の男に言い寄られたらどうすんだよ。流されたら許さないからな」
「そのときは、木暮くんが守ってね」
「へっ」
「ふふっ」
また、音無が笑った。
うん、やっぱりこいつはちょっとだけ、いや本当はかなりなんだけどそれはなんか癪だから、ほんのちょっとぐらいだけ、かわいいと思う。