死にたがりに優しくする方法なんて、帝国では教わったことがなかった。心理学なんて専門知識はただでさえ中学二年生が手をつけるジャンルではないし、そもそも俺はそういう道を志していたわけでもない。いや、たとえ心理学を習得していたとしてもそんな方法は誰にもわからないだろう。
生きていることには必ずしも意味がある。過去に誰かがそう言った。たかだか十数年しか生きていない俺にこんな論を述べる権利があるかはわからないが、あえて言おう。
俺は、まったくの逆だと思うのだ。『人は、自分として在る意味を見いだすために、生きる』のだ。
ならばどうすればよかったというのだろう。あいつは心臓を棄てた。考えることを放棄してしまった。「殺してくれ」とうわ言のように呟いては、「なーんてな」と隠しきれない憂いを帯びた瞳で俺を見つめ返す不動を、俺はどうしたら救えるというんだ。
これがサッカーだったら俺は容易くこのゲームをクリアできたかもしれないが、現実はいつだってそう簡単に上手くいくようにはできていない。人の世とは本当に上手くいかないものだ。
不動は、人間に興味がないせいなのか、自分自身に対しても無関心無感動、おまけに無頓着だ。
おそらく「殺してくれ」という不動の願いに俺が「わかった」と一言頷けば、ヤツは嘲笑を浮かべながら「やっぱりお前もそうかよ」と命を差し出すだろう。不動明王はそういう人間だ。悲しい人間だ。
ならば俺は何と答えよう。これ以上あいつを悲しませないために、最善の答えとは何だ。
弾き出した答えは、陳腐すぎてどうにも笑えない。
「不動、お前がどうしても死にたいのなら、俺も力を貸そう」
けれど、
「けれど少しでもお前が、俺を好いてくれているならば」
生きないか。
俺と共に。
その方が、少なくとも俺はうれしい。
そういったら不動はどう答えてくれるだろう。「ふざけんな、テメェのことなんざ知らねえよ」と怒鳴るだろうか。ああ、俺も存外単純だからまた喧嘩になってしまうかもしれない。殴りあいは嫌だ。痛い。
それとも。
「同情かよ、そりゃ」
返された答えは、いかにも不動らしいものだった。無論、これは同情などではない。不動もそれを理解した上で、俺にそう問うている。俺はにやりと口角をあげた。
「ただの駆け引きだ」
やつがこれからどう生きるか、それらを全て俺が支配する。
もう二度と、不動が死にたがることがないように。不動が、本当の意味でいきていけるように。
「駆け引きねぇ〜……勝算は?」
「バカめ。確信しているさ。もちろん勝利をな」
「熱烈な愛の告白ですこと」
「嫌ではないだろう?」
「さあな」
「不動、もう一度言う。よく聞け」
手を伸ばして、不動の頬に手を添える。弾かれるかと思ったが、不動は目を閉じたっきり動かなかった。されるがまま、時おりくすぐったそうに身を捩り、しかし俺の手を払い除けることはしなかった。
はじめから、無頓着だったわけではないのだ。はじめから無感動、無関心だったわけでは、ないのだ。
忘れているなら思い出させてやればいい。体に染み付いてしまった孤独の匂いを、消すことは出来ずとも覆い隠してやることならできる。
「俺と、生きよう」