フランシス/aph


 
 これっきりで終われるものなら最初から始まってはいない。
 背に爪を立てるわけにはいかないので、シーツをぎゅうと握りしめ、押し寄せる快感の波に堪える。自然と吐息が零れれば、彼は私の首筋をなぞるようにキスを落とす。耳の付け根からゆっくりと降下して鎖骨にたどり着くと、うっすらとかいた汗を舐めとるように、そこに舌を這わせた。
 彼の長い二本の指は、緩急をつけながら確実に私の中のいいところに触れてくる。かたくなった胸の先端を舌で転がされ、噛み締めた唇から否応にも声が漏れてしまう。上からも下からもやってくる気持ちの良い痺れに、息が段々と荒くなる。
 中指と薬指が音を立てながら、奥の、右側を引っ掻くように何度も触れて、私の身体は芯から震え、一瞬だけ視界が真っ白になった。
 息を整えながら、朦朧とする意識の中で右手を伸ばし、フランシスの股間に触れる。彼のものは下着の中で膨れ上がり、熱を孕んでいた。
 目が合うと、彼は私の右手を取り、指先に静かに口づけた。それがいつもの合図。足を広げられ、下着から解放された彼自身が秘部にあてがわれる。彼をいつでも受け入れられるようにそこはたっぷりと濡れていて、先端が触れた途端にひくついたのがわかった。抵抗なく入ってきたそれは内側に柔らかい圧迫感をもたらし、私は大きく息を吐いた。
 フランシスとの行為中、言葉が交わされることは殆どない。名前すらも口に出さす、私たちはセックスをする。

「ぁあ、ん、そこっ……」

 土の表面が乾いたら水をやるように、ごく当たり前に私たちは繋がり続ける。季節も月の満ち欠けも私たちには干渉できない。スタート地点はあやふやで、中学生だった気もするし、もっと幼かったかもしれない。

「あっ……ぁ、は、イ、くぅ……!」
「っは、俺、も……っ」

 そうして形作ることは容易くとも、壊したり、ほどいたり、消したりすることは心が拒否をする――いや、違う、面倒なだけだ。折角手に入れたものを手放してまた一から築き上げなきゃいけないなんて、ものぐさの私には到底無理な話だ。
 腰を掴む手に強く力が入り、彼は全て吐き出しきるように腰を何度か激しく打ち付けた。汗の滴るその顔がどんな表情をしているのか、前髪で隠れてよく見えない。彼がやわらかくなって自然と私の中から抜け落ち、二人並んでベッドに横たわってしばらく息を整えることに専念した。
 薄目でフランシスに視線を向ける。彼は仰向けで目を瞑ったまま、胸を上下させていた。

「明日、雨なんだって」
「……そうなんだ」

 彼はそっけなくそう答えると、身体をひねって私に背を向けてしまった。体育の話をしようと喉まで出かけていた声は行き場を失い、溜息ごと飲み込んで唇を噛みしめた。急に寂しくなって、布団を被る。
 初めの頃はもっと話していた気がするもっと視線も絡んでいたし、名前も呼んでいた。これが倦怠期というやつなのだろうか。
 そう考えて、私は鼻で笑いそうになった。
 そんなものが私たちにあるわけがない。私たちは、恋人同士ではないのだから。
 季節も月の満ち欠けも私たちには干渉できないはずだった。





 幼馴染みという関係は実にやっかいであった。物心ついた頃には相手は隣に立っていて、兄弟のいない私たちは当たり前に行動を共にした。持っていないおもちゃがあれば貸し合って、おそろいのノートがあれば同じ科目で使用する。双子のように育った私たちは、まったく同じ月日をまったく同じように過ごしたつもりでいた。
 しかし、成長期に突入した身体は同じようには育たなかった。
 初潮を迎えたとき、母よりも先にフランシスに報告した。それは二人だけで公園で遊んでいたせいもある。腹部に痛みを感じ駆け込んだ公衆トイレで、下着に付着した赤を見て泣きながら出てきた私に、フランシスはどうしたの、と頭を撫でた。
 そこからはあっという間だったし、記憶も身体も熱と緊張と好奇心に犯されて、最初の瞬間はぼんやりとしか覚えていない。私たちは何度も肌を重ね合うことで、正しいやり方を導きだした。
 それが非道徳的だとか、倫理に背いていることはわかっていた。わかっていたからこそ、やめられなかったんだと思う。お互いに恋人がいても。

「みょうじ、聞いてる?」
「あ、なに?」

 ごめん、と謝ると、彼は少し不機嫌そうな顔をしたのち、週末さ、と話を再開させた。
 一応恋人同士なので、週三・四日ほど、昼休みと放課後はこの彼と一緒に過ごしている。クラスが違うので、向こうが私のいる教室まで来て週末の予定を立てることが多い。
 今もその話をしていたらしかったのだが、私は完全に上の空だったようだ。
 昨夜のフランシスのことを考えていた。近ごろはずっとあの調子で、昨日は輪をかけてひどかった。恋人同士ではないのだし、互いの欲を満たしているんだから文句を言う筋合いはないだろうけど、寂しさが私の心を覆って、向けられた背中が頭から離れなかった。

「いいと思うよ。そこにしよ」
「……みょうじさ」

 ぱたんとスケジュール帳を閉じた彼が、何かためらうように視線を泳がせて、そして覚悟を決めたように私の瞳をまっすぐ見据えて口を開いた。

「B組のフランシス・ボヌフォアって、幼馴染みなんだっけ」
「え、うん、そうだけど」
「あいつって彼女いたよね」
「A組の子だったと思うけど……」

 どうかしたの、とあたかも幼馴染みに何かあったのか心配するような顔をして首をかしげてみる。心の中を読まれたかと思い一瞬ひやりとしたが、その私の反応に彼はほっとしたのか、それまで緊張でこわばっていた表情を和らげてこう言った。

「いや、みょうじがさ、最近よく見てる気がして」

 突然重い石が降ってきて押し潰されたみたいに、呼吸ができなくなる。口の端がひきつりそうになったがなんとか堪え、「私がフランシスを?」と笑う。冗談でしょ、と否定するように。彼は満足したのか、そこでその話は終わった。
 サイテー。私ってばサイテー。嘘吐いて、彼氏が目の前にいるのにセフレのことばっかり考えてる。ああそもそもなんで付き合ってるんだっけ。告白されて、なんとなくオーケーして、ぎこちないキスをされて。その内好きになれるかもなんて考えていたけど。“彼氏がいる”というステータスが欲しかった訳ではないのに、どうしてそんなことをしたんだろう。
 それで相手が傷付くことも自分がクズだと思い知らされることも意味なんてないことも初めから全部分かっていたはずなのに。
 彼が教室から出ていくのを見送り、隅の席で本を読んでいたエリザベスに声をかける。エリザはこちらに笑顔を向け、無表情で椅子を引いた私にどうしたのと言いながら本を閉じた。

「あのさ」
「ん?」
「私、そんなフランシスのこと見てる?」

 直球に尋ねると、彼女は軽く目を見開いた。ええと、と声を詰まらせる。ごまかすのが下手くそな友人は分かりやすくて助かった。

「それって、幼馴染みだからだと思ってたんだけど」

 幼馴染みに向けるにしては熱すぎる視線を送っていたのだろう。困ったように笑うエリザの目は、まさかだよね、と言っている。
 私はぼんやり窓の外を見たまま答えた。

「わかんないや」

 まさか今さら、そんなこと。





 夜のマンションに甲高い叫び声と、それをいなすような声が同時に聞こえてきて、私は咄嗟に非常階段に身を隠した。けたたましく廊下を駆ける足音が辺りに響いて、その人物は私の存在に気付かぬままエレベーターに乗り込み姿を消した。
 ――今のって。
 手すりからこっそりと顔だけ出して、彼女が駅の方へと足早に去っていったのを確認し、急いで目的の部屋へ向かう。人気のない廊下は人工的な明かりに煌々と照らされ、私の足音だけがこだましている。
 通い慣れた部屋のインターホンを慣らし、憔悴でもしている出迎えを想像していたのだが、扉の向こうから出てきたのは右頬を赤く染めた幼馴染みの姿だった。

「ひどい顔」
「ほんとだよ、お兄さんの綺麗な顔が台無し。とりあえず上がりなよ」

 ビンタだけですんだらしく、フランシスの部屋は想像したほど荒れてはいなかった。青で統一されたベッドのシーツのたるみが、先程まで彼女が座っていたことを表していて、少し胸の奥が痛む。
 床に座り、出された紅茶をすすっていると、ベッドに腰掛けた彼はマグカップをじっと見つめながらぽつりとこぼした。

「フラれた」

 そう、としか返す言葉が浮かばず、私は沈黙を作ってしまう。
 あぁ、来るタイミングが悪かった。誰だってこんな瞬間には出くわしたくないものだ。

「私のこと好きって言ってくれたじゃない!って叫ばれちゃった」
「ばれたの」

 驚いて顔をまじまじと見つめると、フランシスは疲れたように首を横に振って笑った。

「いいや。でも、あの子のこと好きだから私に手出せないんだねって言われた。私だって色んなことしたかったよって泣いてたけどさ、最初に拒否ったの向こうなんだぜ?初めてだから恥ずかしいとか言ってさ。ああそういうタイプかって思って手出さなかったら出さなかったで怒られるし、女の子には優しくしていきたいけど、面倒だなって思うときもあるよ」

 蛇口をひねった時のみたいに、彼の口からは止めどなく言葉が溢れてきて、私はマグカップを手にしたまま固まってしまった。私はその彼女のことを何も知らなかったし、二人の時にお互いの恋人の話をしないのは暗黙の了解だった。知ってはいけない気がして調べることもしなかったのだが、あまり上手くいっていなかったのかもしれない。
 一息吐いたフランシスは、どこか遠くを見るようにマグカップの中で揺れる紅茶を見つめ、乾いた笑いを漏らした。

「俺、なまえのことばっかり見てるらしい」

 その言葉に私はカップを落としそうになり、震える手でそれをテーブルに置いた。
 私を見てた?フランシスが?最近よく見てる気がして。先日の彼の台詞を思い出して、心臓が早鐘を打つ。
 だって、私たちは幼馴染みで、好奇心がうずき出すその頃に偶然隣にいたから今こういう関係で、お互い彼氏彼女がいたりして、すべてはひみつで、恋愛なんてどこか遠いところにあって。

「な、に、バカなこと、言ってるの」

 言葉はスムーズには出てきてはくれず、弱々しい安定しない声が部屋に空しく響く。
 俯いていた顔を上げた彼はふいに真剣な眼差しを私に向け、困惑する私の側に歩み寄る。ことん、とマグカップを隣に並べて膝をつき、震える私の両の手を握った。

「俺は悪くないと思う」
「……今さら、無理だよ」
「無理かどうかはやってみないとわからない」

 目を合わせずに首を振ると、握る手に力が入る。汗ばんでいて、とても熱い。

「俺を見て」

 だめだよ、と泣きそうにうわずった否定の言葉はキスで塞がれた。頭をしっかりと掴まれ、指は絡め合うように握られて、あの寂しさが愛しさから生まれたことを理解してしまって、もう逃げることなんて私には叶わなかった。
 彼女のことを何も知らなかったのはフランシスが言わなかったからじゃなく、私が聞きたくなかったから。好きでもないのに彼氏を作ったのは、フランシスに気にして欲しかったから。なんて面倒なのだろう。なんで最初からこうしなかったのだろう。
 ついばむだけのキスはやがて舌を絡ませあい、吐息が二人の唇を伝うように漏れて熱を帯び始める。互いの口内を荒らす舌が熱さにやられて、どちらがどちらのかもわからなくなりそうだ。
 ようやく離れた唇からつぅと糸が引く。親指で目元を拭われて、涙をぼたぼたと流していたことにそこで初めて気が付いた。抱きかかえられるようにしてベッドへと移り、荒い息のままフランシスに組み敷かれた。
 部屋の明かりが逆光になって、覆い被さる彼の顔がよく見えない。しかしブラウスのボタンを外すその手がどこか焦ったようにおぼつかなくて、愛おしさがこみ上げてくる。肌が露わになると、いつもと同じように首筋をざらりと舐められ、身体が奥底から震えた。

「……彼氏と、したことある?」

 耳元で低くささやかれる声がくすぐったい。私は素直に答える。

「な、いよ」
「ならいい」

 瞬間、首筋に歯を立てられて思わず仰け反った。

「そんなに強く噛んでないから、すぐに消えるさ」
「そういう問題じゃ、……んっ!」

 反論しようとするも、ブラジャーの中をまさぐられて続きが言えなくなる。やわやわとあそぶように胸を揉まれ、指が突起に触れる度に声が出てしまう。つままれたり、はじかれたり。少しずつ下着がずれはじめ、胸全体が外気にさらされる。煩わしくなったのか、フランシスは背に手を回してホックを外し、促されるままブラジャーを脱いだ。
 赤い舌先が胸の先端を避けてじらすように動く。太ももをゆっくりとさすられ、ショーツがどんどん濡れていくのが分かった。空いた手が右の乳首をぐりぐりとこねまわし、私は声を抑えるので必死だった。

「ん、ふぅ……ぁ」
「もっと声出していいよ」
「でも、ん、あ、……あっ、舐め、ちゃ」

 柔らかい唇が左胸に触れ、べろりと先端を舐め上げられた。転がすように何度も口の中であそばれて、強く吸われるたびに下半身のうずきが激しくなる。右もずっと指先でいじられ、気持ちよさに耐えきれなくてシーツを強く掴んだ。すると、彼は口を離して私の手をそっと掴んで背中に乗せた。整わない息で彼の瞳を覗けば、ふ、と柔らかく微笑んだあと唇を重ねてきた。
 そうか、もういいんだ。背中に傷を付けることも、名前を呼ぶことも。
 胸や首筋がひんやりとするのは、たっぷりと舐められて唾液が冷えたからだろう。広い背中に腕を回しキスに夢中になっていると、ぞわりとした感覚が太ももを伝う。器用に片手でずらされた下着の間から、フランシスの指が私の中に入ってきた。芯が疼いて頭がぼんやりとする。

「ふ、あっ、ゃあっ!」

 中をかき乱す指の動きが次第に激しくなっていく。絡んでいた舌がほどけ、嬌声が抑えられなくなる。濡れた唇で固くなったつぼみを吸われてがくんと腰が浮いた。とろけそうに身体の奧が熱くて、もう思考がぐちゃぐちゃだ。いいところを擦るように触られる度に声がうわずる。

「わ、たしっ、も……フランシスの、こと、ぁ、あっ……みて、たっ……ゃ、あんっ!」
「知ってたよ」

 右の奧を何度も二本の指で突かれ、限界を感じそうになった途端、急に圧迫感が消えて身体中を支配していた刺激が少しずつ抜け落ちていく。うっすらと目を開けてフランシスを見ると、今までにないくらい余裕のない顔で私を見つめていた。目を瞑ると額に唇が触れる。胸のずっと奧の方が心地よくて、彼の柔らかい髪をかき分けた。
 なまえ、と名前を呼ばれる。頷くと、すぐに強い圧迫感が下半身を襲い、吐息とともに声を漏らした。これまでにないくらいこんなにも固くなっているのはきっと気のせいではないだろう。
 切羽詰まったように私を見つめながら、彼はすぐに激しく腰を動かし始めた。十分に慣らされた中はそれをあっという間に受け入れ、奧を突かれる度に声が上がる。

「ん、はっ!…あっ、あ、フラ、ンシスぅ、ん、好きっ……!」

 崩れ落ちた理性の中で、彼の名前を確かめるように何度も呼ぶ。目尻からこぼれ落ちる涙を拭う余裕なんてなくて、好きの言葉を繰り返しながらフランシスの背に爪を立てた。

「ふら、ん、ぁ……っ、イくぅ……!」
「なまえ、ん、俺も、もう…っ」
「あ、あ……!ンぅっ…………!!」

 ばちばちと電気が走るように視界がはじけて、がくがくと全身が揺れる。フランシスも力強く腰を打ち付け、目を閉じて私の中にすべて出し切った。息を切れさせながら彼が自身を私の中から抜くと、どろりとした液体がこぼれ落ちるのが分かった。
 汗を滴らせたフランシスが私に再びまたがり、鎖骨に軽くキスをした後、そこを強く噛むように吸った。音を立てて離れ、そのままどさりと隣に横になる。目を合わせると、どうしようもなく愛おしそうに微笑んだ。
 つられて微笑んだ私の正常に戻らない脳内は、たくさんのことが浮かんでは消えている。今、ちゃんと笑えてるかな。エリザになんて言おう。ちゃんとお別れを言いにいかなきゃ。私はこれ以上、嘘を吐くことができない。もう戻れない――ううん、元々戻ることの出来ないところにいたんだ。終わらせたくないから、溺れたふりはもうやめよう。
 このキスマークが消える頃、私たちはどうなっているのだろう。


雪祢



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