及川/hq!


 
ねえ、痛いと言ったらあなたは止めてくれた?

 それが勝負であるのなら、勝つ事に貪欲であることは全く以て誤りでない。むしろ褒められて然るべきだろう。
そして彼はいつだって、目の前の人間に勝つ以上の意義を自分の中に見出している。彼の敵はいつだって自分自身なのだ、とは私の感想である。
それでも私は、痛みを伴う勝負に真っ向から向かっていく勇気を持てずにいる。

「私はただの盲目なの」
「なまえちゃんは時々すごく恥ずかしいことを言うね」

 自室のベッドの上で私に指を舐めさせながら、及川は口だけで笑って見せた。
形容し難い柄のボクサーパンツから伸びた筋肉質な足が、時折ぴくんと跳ねる。

「恥ずかしいことをしているときにしか」

言わないよ、と続けようとした口は、あえなく及川の唇によって塞がれた。
 大きな手のひらが私のあらわになったままの胸を強く掴んで、唾液でベタベタになってふやけた指先が、その先端を摘む。

「んっ…!」
「なまえちゃん、今日はいつもよりもうちょっと強くしてもいい?」
「い、や」
「お願い、そんなこと言わないで」

ね?と細められた瞳に、いつも抗えない私はやはり盲目なのだろう。
 有り余る体力をバレーにだけ注いでいればよかったのに、彼は性に目覚めてしまった。
今ではもう、バレーのフラストレーションをバレーに注いでいた頃を懐かしく思うだけで、その時が一番幸せだったように思う。

「おいか、」

 視界の隅でパンツから片足を抜いた及川が、何も言わずに私の頭を片手で抱える。

 部屋に入って、私の服をすべて取り去って、そして指をなめさせて、今少し、前戯というにはおこがましい刺激を与えただけの、希薄すぎる程希薄な時間。

「痛くても、痛いって言ったらダメだよ」

 亀頭に押し広げられながら、まだ受け容れるには準備されていない胎内へ進入してくる感覚に、背筋が粟立った。

「い、やっぁ」
「…、いや、も禁止ね」

 ゆっくりと胎内に進入した陰茎が全ておさまって、及川は満足げに息を吐いた。
肩が震える。陰茎は微かにピクピクと脈打っている。

「まって、いたい、の」
「むりだよ」

 一気に抜かれたそれが、今度は力任せに最奥まで突き刺さる。何度も繰り返されるその抽挿に、涙が滲む。及川は私を見ない。

「おいかわっ、ねぇ、」
「、なんだ、なまえちゃん、まだ結構余裕あるんじゃん」
「ひ、やっあ」

 小刻みに、深く揺さぶられるたびにどんどんと視界がぼやけていく。もうやめて、もうやめよう、声にならないけれど、もうずっと言いたかったことだけが頭の中をぐるぐると過ぎっては消えていく。

「おいかわ…っ、わたしを、ちゃんと見て」
「なまえちゃん、を?はは、むりだよ」

 唇は楽しげな弧を描く。及川は、それでも尚目を瞑ったまま、そして眉をひそめたかと思ったら、勢い良く陰茎を抜いた。

 私のお腹、胸元に飛び散った青臭い匂い。
からだの上で息をしながら、搾り取るように自らの陰茎を扱く及川。

「おい、かわ」
「なまえちゃんは、やっぱりまだイかないね」
「ねえ、」
「そんなんじゃ俺、面白くないよ」

 胸が張り裂けそうな程の痛みは、及川に片思いをしている時よりずっと酷くなっている。いや、今でもずっと片思いをしている。ただ、形を変えただけ。
 心が寄り添うことを想像していた片思いから、そして、心が寄り添うことはないと思い知る片思いへ。
 そうだ、彼が求めるこの行為に、愛なんてものは一切ない。そして、最早 "片思い" が恋や愛を指す言葉だとは思えない。

「飛雄ちゃんに負けちゃってさ」

 自分が脱がした服たちを、私を見ずにこちらにポイと、放り投げる。

「でもあいつ、まだ童貞だからね」

 はは、と乾いたように笑うのは、最中と同じ、特になんの感情も込められていない、性行為と同じく"しただけ"の行為。

 それがわかるほどには、もう何度も、こんな時間を過ごしてきた。
わかっているのだ。もう、私が欲しいものは手に入らないことくらい。手に入ることはないとわかっていながら、それでも延命しているだけということくらい。
 それでもなお、口火を切ってしまった時の痛みを想像することもできない。自分を襲う痛みが怖い。今日この瞬間の痛みより、ずっと。

「及川は、バレーが好きなんじゃないの」
「好きだよ。でも、好きだけじゃなくて」
「他には何があるの?」
「なまえちゃんには、何の関係もないよ」

 いつもの、不特定多数に向ける笑顔。

 私が手に入れたのは、何だったんだろう。
もう十二分に理解しているそのことに、まだ胸が痛む。もう、わかっている。
それでもできれば、及川が一度だけでも私を見てくれたらいいと思う。それだけのことなのだ。

 及川は私を抱きながら、何を思っているんだろう。何と戦っているんだろう。

 ちりちりとした痛みを感じて、着たばかりの真っ白でしわくちゃのシャツの袖を捲くった。そこにあったのは、真っ赤なミミズ腫れだった。2本ならんだ爪あとは、いつの間に刻印されたのか。

 制服を着ながら、私も及川を見ずに深呼吸した。
及川が私を一度でも見てくれたら、もうそれでいい。そう思わないと崩れ落ちてしまいそうだ。
 目を合わせたら、もしかしたら色々なことがわかるような気がしていた。ただそれだけのことだったはずなのに。喉までせり上がってきた嗚咽を飲み込んだら、視界がかすかに滲んだ。

 これ以上の痛みに耐えられるとは到底思えず、ただ逃げているばかりの私は、傍からみたらどう映っているのだろう。私が及川に恋をしていると信じる人たちに向かって、時々叫びたい衝動に駆られる。

 及川に、見て欲しい。私自身を。いま私がどんな表情をしているのかを。言い訳がましいことは承知の上で、きちんと向き合って伝えたい言葉がある。

これが恋とは思っていないけれど。


ラン(六日)



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