及川徹/HQ


 
 あなたの心は、その身体のどこにあるのか。
及川徹という男は、昔からバレーに対してはとことん貪欲で、練習だって気を抜かず、誰よりも努力をしていた。そのせいか、試合での気迫は恐ろしいもので、一切の情熱を費やせるものが何もない私にとっては、バレーにのめり込む姿が余計に眩しかった。
しかし普段の及川徹となると、どこにいる健全な男子そのものだ。ただ、性格に多少の難あり。そういう不完全なところも普通の高校男子だから当たり前なのだけど。だからこそ、彼の真意はいつまでたっても掴めない。

「及川君、最近また彼女と別れたって聞いた」
「それ、誰から聞いたの?」
「風の噂で」

予備校の帰り道で、おそらく部活帰りの及川君と遭遇した。お互い別々の高校に進学してからは何の交流もなかったけど、家が近所同士だし偶然出会うのもなんらおかしくもない。
久しぶりの再会で話が盛り上がって、子供の頃にみんなで遊んだ公園のベンチに移動した。ここで話し込んでる高校生のカップルをよく見かけていたけど、まさか自分がその立場に回るとは。

「どうせ岩ちゃんでしょ」と及川君は言う。情報源は岩泉君ではなく、バレー部の女の子達なのだけど、正直に言って何がある訳でもない。私の顔を覗き込んで、白状しろ。とでも言いたげに片眉を吊り上げる及川君に、さあね。と肩をすくめてみせた。

「でも、部活ばっかりで彼女に構ってあげれる時間無いって及川君もわかってるはずなのに、なんで付き合うの?」
「それ聞いちゃう?」

だって、本当に素直に疑問だから。どうせ別れるのに、これで何回目だって。私が思ってるんだから岩泉君も思ってるに決まってる。及川君は「うーん」と唸りながら遠くを眺めて、答えをなんとか濁したい様子。

「やっぱり俺も年頃の男の子なんだし、女の子に飢えることだってあるんだよ」
「なにそれ」
「もしかして引いてる?」
「べつに。それで?」
「付き合ってもいない女の子と、色々するのはなんとなく嫌だしさ」
「…それって、そういうことをしたいがために付き合うこともある。ってこともあるの?」
「どうしたの?いくら昔馴染みと言えど、そういう話するのすごく恥ずかしいんですけど」
「昔馴染みだからこそ気にすることないよ。ただの好奇心で聞いてるだけだし」

私の口調には、焦りと少しの嫉妬が込められていたような気がする。
だって、もしかしたら、バレーに没頭する彼をいつでも隣で、誰よりも理解して、応援する女を演じられたら、この人を私のものにできるかもしれない。

「言い寄ってくる女の子なら、誰とでもできるの?」
「やめてよそういうこと言わないでよ…俺そんな軽率じゃないからね?」
「じゃあ、私ならどう?」

ついに言ってしまった。ここまで言ってしまえば引き下がれないなぁ、冗談で済まされないかもなぁなんて考えながら、口をぽかんと開けて、「あー」だとか「うーん」と答え兼ねてる間抜け面は、おもしろいと思う呑気な自分。
及川君の返事次第でどうとでもなるんだけど、優柔不断な彼を待つのも煩わしいので、及川君の太ももに手を置いて答えを促す。すると驚いて、「ちょっと!」と声を張るのがますます面白い。
「誰もいなくてよかったね」とわざとらしく呟いて、及川君の上に乗っかる。こんなことをしたのは初めてだ。そして、男の人のベルトに自ら手を掛けるのも。

「ねえ待って、俺、さっき付き合ってる子じゃなきゃエッチしたくないって言ったとこだよ?」
「入れなきゃいいんだよ、ゴム、持ってないでしょ?」
「え、本気なの?ちょっと、好奇心が、過ぎるんじゃない?」
「私が、こういうことをするのは、好奇心からだけじゃないよ」

馬鹿、こんなまどろっこしい言い方しなくても素直に伝えればいいのに。と思う一方で、これ以上間違った方向に進まないようにって警告を鳴らしてる、それなのに、私を見つめる及川君の目が、期待で潤んでいるのを見ると、どうしても、どうにかしてやりたくなる。彼が期待しているのかどうか本心はわからないけど。
ずっと好きだった、というのはなんだかおこがましい気がする。でも、確かに小さい頃から好きだった。その美化された思いが引き金となり、こうして私を突き動かすのだろうか。
下着をずらそうと触れた時に、私の腕に制止の手が入った。でもその手には力は込められていない。私の手なんてすぐに振り払えるはず。やめろよって、声を上げることもできる。でもそうしないってことは。

「私、重い?」
「え?」

及川君の強張ってた表情がの少しだけ和らいだ、そんな気がする。
咄嗟に出た一言は、及川君の緊張を解す為でも場を茶化す為でもなく、私自身が躊躇っていたからだ。こんなこと、誰にもしたことない。誰にも言えない。

「重くないよ」と及川君は少し眉根を下げて笑って答える。「そっか、ならよかった」及川君の下着に再び手を掛けて、少しずつずらしていく。それに合わせるように彼も軽く腰を浮かせた。

及川君の首に腕を回して、自らの身体を寄せる。ゆるゆると腰を離したり寄せたり、ただそれだけで下着の生地一枚を隔てた触れ合う部分の熱をはっきりと感じた。
はあ、と及川君の熱っぽい呼吸が首筋にかかって、腰の後ろ側がぞくぞくする。もうこのまま、計算だとか体裁だとか全部投げ出して、続けちゃいたい、と思った。
彼がどう思っているのかはわからないけど、ゆっくり動いていた私の腰を力強く掴んだ。きっともどかしいんだろう、私だってすごくもどかしい。

「及川君のしたいようにしてくれていい」

瞳が揺れている。熱に浮かされて少し濡れている彼を初めて見た。こんな及川君は知らない、もっと見たい。もっと知りたい。

「及川君、私ね、バレーに一生懸命な及川君が好きなの。だからね、」

あなたが必要な時にだけ一緒にいれたら、それでも構わない。という台詞は飲み込んだ。及川君の私を見つめる瞳なら、すべてを口にしなくてもきっとわかってくれるような気がしたし、私のやっと捻り出した良い子を演じるという悪知恵も見透かされていると感じた。
及川君の心はいつだって読めない。ふざけてるようなのに真剣で、かと思ったら一瞬で纏う雰囲気を和らげたり、へらへら笑ったり。
そういうところが怖くて、好きだ。

「及川君、こっち、みて」

何が正解で、この先どうなるかなんて、もうどうだっていいや。
今だけは私をずっと見ててね。


近藤



back


「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -