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なあ、大川よ。みょうじという名を知っているか。
なんでも遥か昔から続く薬師の一族で、…うん?そうさな、都が京より他の地にあったころから、と儂は聞いたが。まあとにかく儂やお前みたいな老いぼれでも検討のつかんくらい昔じゃ。
薬師なんてのは別段珍しくもないわな。
お前のとこでもほれ、薬草学だの学ばせるだろう。最近は異国の薬も色々と入ってくるようだが、基本はそこらで手に入る物ばかりじゃ。ちょいと学べばそれなりに薬は作れるもんさ。効能は怪しいもんだが、そのへんに薬売りは五万とおるわ。
古い家柄というのも珍しくはないな。どれぐらい遡れるかは記録の問題じゃろうが、やんごとない方々なら何百年と続いている。
しかしな、大川。みょうじはどうも違う。
都の方々が名前で続く家なら…血で繋いだ一族と言うべきか。それもごまかしの一番効かないやり方で選良を重ねた者たちだったそうだ。
選良。
妙な言葉だよなあ。人に使うもんではないわ。だがみょうじはそれをやりおった。
何故そんなことをしたのじゃろうな。よほど敵が多い一族だったのか、狂っていたのか。
生まれる子皆に毒を飲ませたのよ。もちろん初めは弱いものを少量。慣れれば増やす、種類も量も。そうして成人まで生き残った子だけが次へ血を残してゆく。そうして代を重ねるうちに、みょうじの一族は皆、薬毒はおろか、病に冒されず傷も残らない体をもったそうな。
…そう、まさに不死じゃよ。
皆欲しがるわな。
初めは手元に、いずれは我が身に。
不老不死の伝説なぞ幾らでもころがっとる。儂はまったく眉唾だと思うがね。お前は信じるかい。…はは、お前らしいことじゃ。しかし諸国を巡っていて、これはどうも違うと気がついた。 竹取の翁に倣って金の竹を探すものはおるまい。
富士の高嶺に煙を探すものもおるまい。手が届かぬし、何より話が遥かに昔のことだからな。
だがみょうじは違う。
場所を変えながら…確かに居るのだ。口伝ではない。今この時代に、見た者がいる。治療を受けた者がいる。ただ所在がどうしても掴めぬ。
そしてな、中途半端な情報で探し求める権力者が多い余りに…妙な噂まで流れよった。
血だ。
みょうじをみょうじたらしめているのは代々受け継いできた血じゃ。ならばそれを体に取り入れれば、その体質をも取り込める。…ああ、まったく愚かな。口にするだけで厭になる。
ともかく諸侯は皆、みょうじではなく、みょうじの血を欲しがるようになってしまった。
いくらこの国が広くとも、草の根分けて探されれば、それらしい者は何人か見つかるじゃろう。そう、もう見つかってしまったのじゃ。真偽を区別できないままに。
大川よ。
お前は薬師一族にまつわる話が事実だったとして、不死の法なぞ手に入れたいかね。血で血を洗って覇を争う世の中で、何度でも、蘇ることができるとしたら。…ああ、儂もそう思う。
それは修羅道そのものじゃ。
修羅道を体現せぬために、お前や儂のような忍がおる。
百の血を流さぬために一を殺すが忍。
ならば大川、お前にひとつ頼みがある。
どうかこの子も育てては貰えぬか。
親兄弟を皆狩られた哀れな子だ。未だ追手から逃れる術を知らぬ、見つかれば世が乱れるだろう。いっそ今のうちに禍根を断つほうが、せめてどこにも属さなかった忍としての正しい道なのかもしれん。
しかし儂にも情があるのじゃよ。
子に毒を盛り、病の種を植え付け…そんな非情をした男でも、孫は可愛い。殺せるものか。のう大川よ、後生じゃ。一生涯とは言わぬ。せめてこの子が己の道を己で選びとれるまで、どうかどうかこの子を生かしておくれ。
どうかどうか。
後生だから。