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着物と手ぬぐいが数枚。手鏡。
まとめてみれば荷物とよべるものは驚くほど少なかった。考えてみれば単身この学園にやってきて以来、支給されたものの他にほとんど私物を増やしていないのだ。たたんだ制服を机に置いて、なまえはそっと息を吐いた。
早く行こう。
そして…忘れるべきだ。いろんなことを。
涙でぱりぱりする頬をぬぐい、胸の奥が痛んだのは見ないふりをする。学園を抜けるということは秘密裏に行うべきだとわかっていたが、一番恩義のある人に黙って出ていくのは、どうにもできなかった。少し迷って、乾いたばかりの手紙を折りたたむ。
縁台に出て見上げればまぶしいくらいの月夜だった。忍んで行くには明るすぎて、こんな状況でなければ屋根に寝転んでいつまでも眺めていたくなるほどの
そろりと目的の部屋の前に立ち、手紙を障子の隙間に差し込もうとした時だった。
「入りなさい。そろそろ来ると思っておった」
眠っていたとはまるで思えないはっきりした声だ。ひとつ息を吸い込んで、なまえは学園長室に入る。
「遅くに失礼いたします」
「行くのか」
「はい」
この方はどこまで知っていらっしゃるのだろう、となまえは思った。六年の間、自分の生きてゆく方法を必死に考えていたのは、目の前の老人も一緒だった。鬼籍に入った祖父にかわり、あらゆるものを授けてくれた。
叩頭しながら、なまえは自身に最後の問いかけを投げる。
その温情をこんな形で断ち切っても、私はタソガレドキに行きたいのだろうか。
「行先は聞かんよ。皆には知らぬ存ぜぬで通すつもりじゃ。…出ていくからには戻ってくるでないぞ」
そっけない言葉にわずか、微笑むような空気を聞いて、なまえはこみあげるものを押し殺した。
「学園長先生、あの…」
畳をこする音とともに、気配がそっと近付いた。六年前より確実に老いた手が、ぽんぽん、とあやすように背中を叩いた。
「儂にできるのはここまでじゃ。あとは、お前が切り開け」
「…ありがとうございます」
顔を上げる。
「ありがとう、ございましたッ…」
六年分を集約した言葉に、大川平次渦正は、黙ってひとつうなずいた。
塀を飛び越える。
走る。
月明かりに背を向けて、なまえは一心に駆け続けた。