猛獣使い

 伊作に向って繰り出されたなまえの刃は、しかし、届く前に腕ごと叩き落とされた。
 一瞬のうちに反転した彼女の視界に黒がよぎる。しびれる腕を抱えた先には見なれた姿。
「食満くんのほうを指示したつもりだったんだが、まぎらわしかったかな」
「組頭…」
 少しの困惑を混ぜて呼ばれた男は、包帯の下で笑ったようだった。
「タソガレドキの駒としては優秀だが…査定にはいれないでおくよ。行っておいで」
 立ち上がったなまえは誰とも視線を合わせず、消えた。





 
「なんでわざわざあのこを悩ませるようなこと言ったの?」
「悩んでませんでしたよ。即決でした」
「まあどうせ食満くんにも言われたことだろうしねえ」
 飄々とした口調ながら目の前の男から放たれる殺気は重い。
 初対面のあのころ、よく失神しなかったなあと伊作は思った。
 そして今は特にどうとも感じなくなってしまった。
「で、さっきの君らしくもない発言は一体どうしたんだい。まさかみんな仲良く元通りなんて思ってるわけはないだろう?食満くんや他の子たちは知らないけど、君はそんな夢見がちじゃないでしょ」
「夢見がちじゃなくても、十年越しの初恋って捨てられないものなんですよ。解ってるくせにいちいち聞くんだから、厭な人ですね」
「…ほんとに相変わらずだねえ伊作くん。そういうところが大好きだよ」
「やめてください気持ち悪い」
 鳥肌のたった腕をさすりながら伊作が顔をしかめた。
「誤解されてるようだから言っておきますけど、別に僕は彼らの死は望んでませんよ、あなたと違って。だって留三郎は僕の親友だし、なまえは大切な想い人なんですから」
 自分で言って伊作は少し照れたように笑う。
「彼女が誰の手も掴まないって言うなら僕はそれで構わない。ただ、僕ではない誰かのところに居場所を求めるのは許せない。だから教えたんです、君の場所はそこじゃないんだよって」
「その『場所』が『彼』であっても?」
「ええ、そして『あなた』でも」
 雑渡が少し悲しそうな顔をした。
「残念だね」
「嘘つかないでください。ばればれですよ」
「ははは」