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今朝は散々だった。

気合いをいれて教室に向かおうとしたら、途中で倒れて七松に発見され、血のにおいがすると騒がれて医務室行きになってしまった。怪我はしていないと言ったのだが、信用されなかった。…まあ実際どうして出血があるのか言わなかったのだから仕方ないところではあるのだが。
食満や伊作に朝のことを何と言い訳しようか考え、月のものが一番無難だろうと思っていたのだが、図らずも嘘が誠になってしまったわけだ。

(…伊作は多分判るだろうけど)

新野先生から自室で休む許可を貰い、授業の始まった廊下をそろそろと歩く。
 久しぶりの大出血だった。足元の揺らぐような感覚に唇を噛む。こんなことではいけない、卒業すれば尚更に。
 普段は他の女性のように周期的に来ることはなく、出血はあっても痛みは軽い。医学書によれば子が出来にくい体、らしい。子を成して家庭を築くという未来はあまりに現実離れしていて、くのいちとして生きるならむしろ歓迎すべき体質だった。

(いっそ私が女でなかったら)

突飛な仮定に肩を竦める。けれどもし男に生まれていたら、友人たちに抱く後ろめたさは少なかっただろうか。いやむしろ、それならみょうじでない普通の家の普通の娘でいたならば。

(…馬鹿らしい)想像を一笑に臥し、なまえは天井にむかって話しかける。

「大丈夫。誰もいないから」

カタリと小さな音をたてて、天井の一に穴があく。人一人がようやく通れるほどの隙間から、ひょこりと食満が顔を出した。
「何でわかった?」
「やだ、はったりに決まってるじゃない」
首をかしげた食満の真下に座布団を用意する。本当は布団を畳んでおくほうが音も震動も少ないのだが、仮にも病人として休んでいるのだからこの程度で充分だろう。 音もなく降り立った食満は、それでも束の間あたりの気配に耳を澄ませた。

「…あぁ、何回来ても慣れねぇな。緊張する」

苦笑まじりに言うのを聞いて、聞きようによっては随分と色気のある発言だと思う。実際は忍ぶといっても保健委員の緊急招集…伊作では色々危険だからと食満が代わりに来る…なのだが、他のくのたま達が知ったら色々うるさいことになるだろう。

(顔はいいし面倒見もいいし、憧れる娘も多いわけだよね)

今朝の言づてを頼んだ後輩も、そういえば食満の名前を聞いて頬を染めていた。
先程までの想像が妙なところに枝葉を伸ばし、なまえは思わず食満の顔から目をそらす。…許される状況なら自分もそんな風に彼を想った、のかもしれない。

「ん?」
「…や、五年生には私も結構酷いことしたなーって思い出して。そりゃ後々まで緊張するよね」
「入学後の恒例行事か?まぁ、お前にやられたのは俺じゃないし気にすんな。それより、さっきの『はったり』って何だよ」
「あぁ」

くすりと小さく笑って、なまえは天井を指さしてみせた。

「だって誰もいないんだもの。あんなとこに話しかけてたって、恥ずかしくなるのは自分だけでしょ?」
「…に、しちゃあ随分と間がいいよな」
「そこはほら、私と食満の仲だし」

冗談のつもりで言ったのだが、妙な沈黙が流れてしまってなまえは焦る。いくら仲のいい友人でも、女である自分が言ってはいけないことだっただろうか。不愉快にさせただろうか。会話の中で気づかず踏んでいる地雷が怖い。

「…ごめん、ちょっと悪ノリした」

謝ると、食満は一瞬目を見開き、それからいつものように笑った。