花よりも(中在家)



みしりと棘を蓄えた枝を折り、小刀でもってその小さな抵抗を削りとる。八分咲の花は大ぶりで芳香は四方に放たれた。


異国から持ち込まれたという花…ろうずと言うらしい…は、調和と静寂を旨とした寺社の中には溶け込めなかった。不釣り合いに、あまりに赤い。不用意に触ると棘がささると、参詣に来る者にもあまり評判は良くないのだと住職は眉を落とした。


無理をいって持ち込んだ者の責任として、棘のある蔦を刈払って植え替えなりなんなりするべきだろう。踏ん切りがつかないのには時期もあった。折角今が盛りと咲き誇る花をむざむざ全て折ってしまうのがあまりに忍びなかった。


だから、せめて一枝は飾ろう、と思ったのだ。

「中在家様」


背後から聞こえた声に驚いて振り返る。
不意をつかれる、というのは滅多に無い。驚くと同時に花一つにそこまで意識をとられていた自分を密かに笑った。


「急にごめんなさい」
「いや、呆けていたのは俺だ」

申し訳なさそうな声とは裏腹に、女は気おくれした様子もなく隣にかがみこんだ。馥郁たる花の香が揺れた。


「この花、抜いてしまわれるのですか」


惜しんでいるのかどうか計りかねる言葉だった。
白い腕を惜しみなくのばし、土に触れる。一連の動作がなんだか芝居じみて現実味がない。頭の芯が痺れる。花の香りに酔ったかのようだ。

「折角、こんなにしがみついているのに」
「…花より蔓を見るのか」
「え」


女はこちらの言葉に目を見開いて、そういうわけでもありませんが、と呟いた。


「草が花のためにあるわけではなくて、花はあくまで草の一部でしょう。ここで育ちたいとしがみついたは蔓のほう。愛してほしいと咲いたのは花のほう。どちらも同じ根から成るものですから、私はどちらも美しいと思います」


まっすぐに見返してくる視線を受け止めきれずにうつむいた。


「中在家様、行かれるのですか」


花について語るのと同じ口調で女は言った。責めもせず止めもせず、哀惜がほんの少し滲んだ声だった。もう覚悟を決めてしまった人のそれに、おそらく自分も同じように映っているのだろうと思う。


「この花の世話を頼めるか」


女はしばし無言で空を見上げていた。
本堂からの読経が風に乗って聞こえてくる。…いいえ、私ではできません、花は人の愛情を受けて咲くものですから。


「私はずっと花を羨んでいました。あなた様のように情はかけられますまい」


はじめて晴れやかに笑った女に、どういう顔をしていいのかわからなくなる。
黙りこむ自分を置いて、女は立ち上がり背を向ける。



艶やかな黒髪にこの花は映えるだろう。
だがそれを見続けることはない。花がいずれ萎れるのと同じくらい自然にわかりきったことだった。
いつ誰に狙われるかわからない身の上では、愛するものこそ自分の手で触れてはいけない。

無言のままに立ち上がり笠を被る。女の背を追い越して、それきり振り返ることはなかった。


あと幾日たてばこの花は枯れるだろう。
水もやらない草木など忘れてしまえばいい。そうしていつか自分の知らないところで再び種が芽吹いて、幸せな花を咲かせればいい。






花よりも鮮やかなあなたよ早く色褪せて




花の代わりに捧げた赤心