嫁に来ないか(錫高野)



与四郎があまりに戯けた事を口にした。 だから私は思わず彼の横っ面をひっぱたいてしまった。

暗器を出さなかっただけ偉いと思う。
与四郎は与四郎でまさか叩かれるなんて思ってもみなかったのだろう。ぽかんとした表情で、赤くなる頬を押さえもせずに、なんで、と呟いた。

「なんで、ですって?」

無理やり口角を上げたら与四郎が両手を上げた。降参のしるしらしい。

「馬鹿にすんじゃないわよ。私はくのいちよ。あんたと同じ忍だけど、あんたは男で私は女なの。わかる?」
「わかる。だから俺は」
「わかってない!」

早口な言葉を叩き伏せて私は視線をおとす。春の風に草花が揺れる。

「あのね、私はこの生き方を自分で選んだの。後悔なんてこれっぽっちもしてないの。今更違う道なんて選びたくないし、同情なんか押し付けられても迷惑よ」

顔を上げる。腰に手をあてて私は精一杯胸を張った。

「どうしてもって言うなら、そうね、本妻の1人も迎えてから言いなさい。愛人がいても子供を産んで育ててくれるような人を見つけておいで」
「あのなあ」

聞き分けのない子を諭す顔で、与四郎は首を振った。

「女は子供産む道具じゃねえだろ。俺はお前がいいんだ。他はいらねえ。くのいちだから子供は持てないってんならそれも仕方ねえさ」

溜め息が出る。私も、与四郎も。

「…やっぱりわかってない」
「ん?」

いったいどんな言葉で伝えられると言うんだろう。
私はくのいちで、謀略と裏切りを繰り返しながらここまできた。偽りの愛情をぶら下げて、必要とあらば体だって餌にして、命と情報を噛みちぎってきた。
色んな男に食べられた私の体は、それに僅かも揺れない心は、見えない所でもう腐臭さえ放っているだろう。

「ねえ与四郎」

真っ黒い瞳を覗き込んで、私はなるべく穏やかに微笑んでみる。優しい顔をつくってみる。

「じゃあ私があなたの物になったとして、それでも私はこの仕事を投げたりしないわ。私がこれまで奪ったものと、自分の侠持にかけてね。それでも良いって言ってくれる?」
与四郎が何かいいかけて、口を閉じた。
構わずに私は続ける。

「私は他の男に甘い言葉を囁くし、この体が使えるうちは色んな人に開く。ねえ四郎、私あなたが好きよ。どれだけ好きでも、だから」
「名前!」

 続ける言葉を無理に断ち切って、与四郎が私の肩を抱きよせる。

「そんでも俺はお前がいい。お前が欲しい」

与四郎も、同じ顔をしているであろう私も、主張するのは正論のはずだ。
大声で何か言いたかったけれど、喉元に熱を残してみんな淀んだ。こんな優しい忍も、こんな感情的なくのいちも、いるはずがない。与四郎の言葉が、春の麗らかが見せた幻なら、私はどんなに安堵することだろう。
 正しいはずの幸せが澱となって胸に淀む。どこから間違えたのだろう。確かに愛して愛されるはずの、私は、私たちは。