2 / 三センチ

 どす、と鈍い音がするのと同時に藁屑がはらはらとこぼれ落ちた。藁人形の数箇所を結んだ紐はすんでのところで切られずに、まだ木に的をくくりつけている。
「お見事」
 言葉の額面ほどの感嘆がないのは、たぶん見学にも飽きてきたからだろう。正直は美徳だが忍の長所にはならないと山崎は見えないように苦笑した。
 案の定なまえは「それよりも」と袖を引く。
「あっちで鉄っちゃんたちが焼き芋するって。早く行こ、ね?」
「焼けてからでええやろ。ただ火ぃ眺めとるだけやないか」
「あたってたら暖かいよ。気持ちいいでしょ」
「動けば温まるで?」
 もう少しやるか、と自分の得物を差し出すと、なまえは唇をとがらせた。
「一刻もやったから充分ですー。昨日だってやったもん。もう今日はおしまい」
「やらな上手うならんからな」
「それは認めるけど…」
 飽き性のなまえは同じことを半刻以上続けるのが苦痛なのだと言う。先程まで一緒に礫投げの練習をしていたのだが、途中で用事をいいつけられたのを幸いと逃げ出してしまった。それでもきちんと戻ってきて、山崎の投げ方や狙う箇所を真面目に見ていたりする。いっぺんに続けることが苦手なだけで日々の鍛練自体は怠らないから、教える側としても怒る気にはならない。ただ少しもったいないと感じるだけだ。
(やれば伸びるやろうに)
 単なる娘の護身術として身に付けるには、もう充分すぎる。そこいらの無頼から逃げるのはたやすいだろう。それ以上の成長を望むのは、それこそ忍でも戦闘員でもないのに、無意味なことかもしれない。
「まあええわ。お前だけ行ってきたらええやん」
「烝くんも休憩しようよ」
「俺はええて」
「一寸の光陰軽んずべからず、って言うでしょ」
 たぶんそれは使う立場が真逆だ。
 有限の時間を無駄にせず勉学に励めという。
 言いたいことを察したのか、なまえはにやりと笑った。
「人生勉強だけで終わるわけじゃないんだから、遊んだり息抜きするのも大事だよ。一寸の出来事にも五分の魂!」
「言うてること滅茶苦茶やぞ」
「いいから早く行こう!ちゃんと遊ばなきゃ!」
 鉄之助といいなまえといい、近頃の自分のまわりには鍛練をさぼらせる奴が多すぎる。
 まあ少しくらいいいかと思いつつ、大人しく手をひかれていく山崎の口許は、たのしそうに緩んでいた。





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3センチ=一寸、でした。
異論は認めます…。