8/寸止め

 照りつける太陽と波打ち際の水飛沫。写真越しにも感じられるのは、潮風のにおいと、サンダル越しに立ち上る砂浜の熱。
「まさに夏!あ、」
 ガイドブックのふせんがヒラリと落っこちて、なまえは慌てて足下に手を伸ばした。拾う頭上のテーブル。頬杖をつきながら烝はページを見下ろす。
「……迷子放送と、シャワー更衣室その他の混雑と、人間芋洗いの描写が抜けとるな」
「うわあ行く気ゼロだ」
「現実から目ェ逸らしたらあかんで?」
「参加前からネガティブすぎ」
 溜め息と共にガイドブックを押し返す。立ち上がったなまえは膝を払い、拾ったふせんを戻すべくぱらぱらと本をめくった。
「いいじゃない。車だしてもらえるんだし、そのへんで適当に着替えれば大丈夫」
「ちょォ待ち。そん中にお前も入っとんやで」
 ガイドブックから視線をはずさずに、白い片手がいかにもやる気のない動作でひらひらと振られる。
「大丈夫よ見ないからー」
「見られる危険やろ、そこは!」
 確かに危険のないメンツであることは間違いない。内面小学生(てつのすけ)と奥手天然(たつのすけ)。とはいえ男三人と海に行く計画を立てて、せめてもう少し警戒してくれないかと烝は内心頭を抱える。
(せめて俺ん事は男と…思っとらんわな)
「ねえ、それよりこのお店!目の前でカマボコ焼いてくれるんだって。これは間違いなくおいしいね…山崎ほら、甘くないよー」
「お前は飯より浮き輪買わな。あれやな、紐とかつけた方ええんちゃうか。知らない奴についてかんように握っといたるわ」
「私泳げる…ていうか迷子前提か!」
 照りつける太陽と波打ち際の水飛沫。
 水着ではしゃぐ様子を思い浮かべたらなんとなく落ち着かなくなるくらいには、あるいは他の男からガードしなければと考える程度に、好きなのだけれど。
 あんまり無防備に信頼されてしまったら距離をつめられない。これではずっと夏でも海でもたぶん「仲良し」のままだ。
(俺、あかんかも) 
 忍耐強い方だと自負していたが、とびきりの餌を前にしてお預けに耐えられる気がまるでしない。
「……ま、ええか。そん時はそん時で」
「いやだから溺れないからね。リードもいらないし、ライフセービング計画たてなくていいからね」
 目の前で尖らせる唇に噛みつきたい。
 だけど今はまだ、もう少し。
 瓦解しそうな理性を補強しなおして、烝は再び他愛ない雑談に集中することにした。