明日と言う日は明るい日だと笑った少年にどれほど救われるだろう。



「山口さん、あのひとこれから死ぬんですね」


 禁句とわかっていて口にしたから、まさか答えが返るとは思っていなかった。かなしい目をした人は、会話の主語を求めないままで頷いた。

「死なない人間はいないな」
「ええ、それに、後悔なく見送れる人も」

 できるだけのことはしたし、これからもそうあるつもりだ。別れは必ず心のどこかで予感していた。それが理性だった。

「…ねえ山口さん、わたしはこれから先、どのくらい悔いるのでしょうか」

 海鳴りを聞きながら呟く。答えはなかった。

「少なくとも理性を手放すくらいに後悔すると思うんです。そのくらいには、わたし、あの人のことが好きです」
「それはそれは、」

 苦笑の気配が優しかった。
 優しい人はたくさんいるのに、どうしてわたしはあの人でなければならなかったのだろう。
 別離の時がいかにも近そうな、身を削り続けて役目に励む人。好きになるべき相手ではなかった。想い合う喜びよりも、いずれ来る別離に罪悪感を感じる恋だった。わずかでもよりそい歩く未来が描けていたなら、過ぎた日々はもっと穏やかに振り返れたろう。

「なにかあれば、わたしと生きるより、誰かを守って死ぬほうを選ぶでしょうね。嫉妬しないなんて寛大だと思いません?」
「そう言う君も同じ選択をするのだろう?」
「山口さんもね」

 顔を見合わせて笑う。
 どんなに苦く飲み込み難い感情でも、わたしたちはみんな、戻らない道を走ることに決めていた。


 



「いかないで」

 小さく懇願した声はたぶん聞こえていた。
 一瞬肩を揺らして、けれど振り返らずに彼は走り出していた。ほら、やっぱりわたしじゃなくてあのこを選ぶじゃない。
 責められない。
 誰のことも。
 彼もわたしも、あのこがいなければきっと視線をあわせることさえなかった。
 …わたしだけ見て、この手を取って、逝かないで。あさましい願いを踏みつけ走る、背中をただ眺めている。
「烝君のばか」
 涙声はかすれて銃声に紛れた。




 明日と言う日のあたる場所に憧れて、照らしてくれた人の方を懸命に向こうとしている。
 撃ち落とされても地べたに根を張り背をのばせば、いつかはどこかに飛べるような、そんな夢を見続けている。