「…、…き…、…やま…さん!」

 は、と目を開けば、草が顔に触れていた。冷たい。つい先程までもっとふわふわした場所で、誰かに話しかけられていた気がする。いったいなんの甘ったれた幻を見ていたのだろう。明瞭になった意識が、鬼気迫った顔にわずかばかりの安堵を滲ませる女の名前を口にさせる。
「なまえ」
「わかりますか?囲まれて殴られて昏倒して、」
 事実を淡々と確認する口調に責める色はない。痛む頭をこらえて頷くと、無事でよかった、とようやく笑顔を見せた。
「すまん、どんくらい落ちとった?」
「四半刻もたっていません。もう誰もいないようでしたが」
 立てた指をひとつ口元に添え、念のため、と囁く。何ということもない動作なのに、どうしてかその手をつかみとりたい衝動にかられた。おかしい。何かがおかしい。したたかに頭を殴られたからだろうか。
 なまえが小さく眉を寄せた。
「もう少し休みますか。だいぶ苦しそうでしたが」
 ど、ど、と胸が鼓動を打っているのを、息を吐いて鎮める。
「なんでもないわ。行こか」
 まだ長州偵察という大きな仕事の途中だ。油断はできない。己の失態は不甲斐ない己を呪えば終いだが、巡は…。
(やらせへん)
 わけのわからぬ衝動とともに沸き上がった感情を、どう分類したものか、山崎にはわからない。
 わからないまま起き上がり、女と共に駆け出した。