「お待たせぇ」

 橙色に煙った道の向こうから、子供のような笑顔でなまえがやってきた。片手に菓子折。沖田からの頼まれものだ。肌にまとわりつく夏の夕凪の中で握られた風車がからからと軽快にまわる。

「また、しょうもないもん持っとるなあ」

 うふふ、と嬉しげに彼女は玩具を掲げた。

「かわいいでしょ」
「食われへんし」
「たしかにおなかすいたね」
「荷物増やしてどうすんねん」

 微妙に会話にならない言葉を溜息と共に吐き出しながら、烝はもたれていた壁から背を離した。おなごの買い物はわからんわ、とぼやくと、並んだなまえはまた声をあげて笑った。

「烝くんのも買えばよかった」
「そないなオモチャいるか、アホ。やるんやったら鉄之助にでもしとき」

 言った端から後悔する。
 刺ばかり吐く己の口が嫌になる。そんな後悔などお構いなしに、なまえは当然のように返答する。

「鉄っちゃんは沙夜ちゃんがいるでしょ。お揃いにするなら烝くんが良い。…なに?」

 立ち止まった烝を振り返って目をすがめる。
 陽光に光る、顔。

「…いや、」

 烝はしばらく言葉を探したが、如何とも見つけることができず、また長い息をはいて歩きだした。
 うだる暑さと湿気と、まるで現実感のない幸福が頭から爪先までぴったり絡み付いていた。