シュガーベイビー


 女が降ってきたと言う報告は何かの冗談だと思ったが、奇妙な衣裳でおかしな小道具を握りべそべそと泣いていたそいつは、いつのまにか新撰組に受け入れられていた。
 驚くほど無知で不器用な女は、いうなれば赤ん坊だった。赤ん坊がなにもできなくても腹は立たない。泣くのは避けたいし笑えば可愛い。そこに大した理由はない。そういうもんだろう。
 そのうちに赤ん坊が言葉を話した時は驚いた。
飯の炊き方どころか着物さえ着られないくせに、尊皇攘夷は駄目だとか朝廷と幕府の和平なんてことを言い出したから、まあさすがに俺も返す言葉がなかった。
 それから、戦はいけないとか、人殺しはだめだとか、平然と説いてくる女を、それでも新撰組は放り出したりしなかった。
 赤ん坊に罪はない。
 馬鹿な子ほど可愛いというのはある年齢までごく当たり前のことだ。だってそうだろう、言葉を話したての頃は突拍子もないことを言えば言うほど周りを笑わせるもんだ。本人がいくら本気だって、それが赤ん坊の可愛さってやつだ。
 そのうちに、へらへらと妄言を聞き流していた俺は彼女になつかれたらしかった。
 永倉さんが好きです、なんて、真っ赤な顔して言ってさ。赤ん坊は好きだ。可愛いから。馬鹿な言葉も笑えるならいくらでも聞ける。だが女としては最低だ。
 今日敵をぶった斬り、明日また誰かと食うか食われるかする相手に、殺さないでくださいなんてどういう了見だ。腰の二本刺しは俺の命だ。野良犬から狼になったこの牙を誇りに思う。いずれ戦のない時が来るとしても今じゃない。たとえば刀が銃に負ける日がきても、手段がかわるとしても、俺はなるべく戦っていたいんだ。
「はは。なまえちゃんは可愛いねー」
 ぐずる赤ん坊をあやす。うまくあやして穏やかに寝たり、笑いだしたりするのが可愛いからだ。
「うん、俺も好きだよ」
 たぶんすれ違っているけれど彼女は気がつかない。目を丸くして、真っ赤な顔を両手でおさえて、しばらくしてから思い出したように微笑んだ。潤んだ目といかにもしあわせそうな表情。
 …この子供がいつか大人になっていくとき、俺は今のように可愛いとと思えるだろうか?
 疑問に蓋をして、もう一度「可愛いね」と呟いた。