1日の勤務がやっと終わり、村上は従業員たちと着替えながら、こんなことを言い出した。
「俺、名前さんの事好きだわ」
大きな図体に似合わずもじもじと照れている。
「名前って…あの名前ですか?」
「その人しかいないだろ」
にやにやしながら、村上は同じカジノで働いている名前がいかに可憐かに想いを馳せた。村上は彼女が初めてこのカジノに来た日を忘れない。
『初めまして。一条名前と申します。よろしくお願いします、村上主任!」
あの時の笑顔……最高に可愛かったなあ……
「正気ですか…?確かに彼女は美人ですけど…あの店長の妹ですよ。もしあの人に知れたら……」
せっかく甘い思い出に浸っていたのに、一気に現実に引き戻される。分かっている、上司の妹に手を出すなど…ましてや、その上司はプライドが高くサディストな一条聖也なのだ。おまけに盗聴癖があるし……
「盗聴…!」
しまった。うかうかとロッカーでこんな話をしていたら、店長がこっそり聞いていてもおかしくない。村上はさっと血の気が引いていくのを感じた。
幸いな事に店長が飛び込んでくる気配もなく、無事にカジノから帰る事が出来た。
…しかし、異変は次の日に起きた。名前の様子がおかしい。他の従業員に接している時は普通だが、なんというか妙に…避けられている気がする。まさかばれたのか?やはり店長が聞いていて……?いや、もしそうなら店長は黙っていないはずだ。コーヒーを入れていると丁度店長が来たので、村上は恐る恐るカマをかけてみることにした。
「最近入られた、店長の妹さん……店長に似て美人ですよね」
「あ?急に何言い出すんだお前。気持ち悪ぃな…」
ひどく侮辱された気もするが、いたって普通の反応だ。もし自分の下心が知れていればこんなクールに応えられまい。
じゃあ、何故……?自分の態度が見え見えすぎて、気づかれた…?
「まさかとは思うが、あいつに気でもあんのか?」
図星を言われて、思わず声が出そうになったがぐっと堪える。
「いえ、そういう訳では……」
「やめといた方がいいぞ」
「え?」
「あいつ、盗聴癖があるんだ」
「えぇ!?」
今度は我慢できなかった。注いだコーヒーが動揺で溢れる。
「一度好きになった相手のことをとことん知りたくなるらしい。……あいつと付き合った男は皆、顔を青くして俺に頼んできた……"あいつをなんとかしてくれ!"ってな…!」
さもおかしげに店長は笑った。村上といえば、何もかも衝撃的すぎて口を開けるしかできない。立ち尽くす村上の後ろで、ドアが勢いよく開いた。
「お兄!!」
息を切らし、顔を真っ赤にした名前と、その手に握り締められた無骨な機械。
「おやおや」
「余計なこと言わないでっ……!」
名前は言いかけて、村上の顔をぱっと見ると、今度は耳まで真っ赤にして、ついには泣き出してしまった。
「名前さん…!」
「村上さんにだけは知られたくなかったのに…!」
崩れ落ちる彼女の背中を支えようとして、村上の顔まで赤くなる。
「おいおい、二人して茹でダコみたいな顔してどうしたんだよ」
「お兄のせいでしょ……!」
「名前さん、俺にだけはって……」
店長は愉快でたまらないという顔をして、あとはお二人でと言わんばかりに休憩室を出て行った。
「村上さん、幻滅しましたよね……こんな私のこと…」
「い、いや…!」
「ううん…村上さんは元々私みたいな女に興味なかったんです…店長の妹だし…可愛くないし…」
「名前さんは可愛いです!」
どんどん卑屈になっていく名前を励まそうとして、勢いよく言ってしまった。自分で言っておいて恥ずかしい。しかし、彼以上に照れていたのは名前だった。
「村上さん……」
「名前さん、俺、名前さんが店長の妹とか、その…盗聴のこととか…関係ないです!俺は、ありのままの名前さんが………好きです…!」
だから、俺をもっと知りたくなってください。
そこまで言い終わって、休憩室は静寂に包まれた。今頃店長は思い出し笑いしているに違いない。
「ありがとうございます……」
染めた頬に涙をはらはらと流しながら名前は微笑んだ。やはり可愛い……村上もつられて笑顔になる。
その後、休憩室をどこか気まずそうに出てきた二人を見て、従業員たちはギョッとした。
不器用な恋の先
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