小説 | ナノ


たまの休みの日。朝からこたつでだらだらしていると、珍しく、カイジから食事を誘ってきた。珍しく、というのは、いつも外食するときは働いていないカイジの代わりに私が支払うので、『飯行こう』とも言いづらいんだろう、という推察が挙げられる。

「勝った?パチンコ」
「え、ああ……まあ」

今朝あげた一万円の小遣いを思い出す。どうやら今日は水の泡にならなかったらしい。

「どこいく?」
「実は、予約してる……」

これには少し驚いた。そもそも予約がいるような所に行くことはまずなかったから。よほどの事がない限り、基本は安価なチェーン店、ファミレスがいいところ。
呆気にとられているうちに、カイジは私に上着を寄越した。

「行くぞ。8時からだから…」
「う、うん」

今日のカイジはなんだか違う。いつも私の後ろをついてくるのに、ぐんぐん前に行ってしまう。

「ま、待ってよ」

慌てて追いかけると、振り返って、悪い、と言われた。そんなに時間がないのか、妙に焦っている。

着いたのは立派なホテルだったので、私は仰天した。

「ねえ、私、今日そんなにお金もってないよ」

慌ててカイジの袖を掴む。

「はは…何言ってんだよ。今日は俺が払うから」

何をえらそうに…、と少し思ったのを飲み込んで。それでも少し不安で、エレベーターの中で私はそわそわしていた。

チン、という小気味良い音と共にドアが開き、「ご予約の伊藤様ですね」とボーイに席まで案内される。

「もっと、ちゃんとした格好してくればよかった」
「いーんだって」

座ったのは奥の窓際の席。窓の外の夜景を見て思わず息が漏れた。

「…ちょっと夢だったから、こういうの。嬉しい」

カイジの顔がぱっと明るくなった。

「よ、よかった。おまえ、ずっと辛気臭い顔してるからさ…」
「ううん、ごめん」

程なくしてシャンパンが運ばれてくる。
細身のグラスをカチンと合わせる。いつも開ける缶ビールとは違う、細やかな味だった。

料理はよどみなく運ばれてくる。ローストビーフの前菜、ポタージュ、真鯛のポワレ、中でも牛の赤ワイン煮は口の中でとろけるほど柔らかくて美味しかった。

「うーん。家じゃあ作れないなあ」
「俺の料理とどっちがうまい」
「こっちでしょ。」
「おまえなあ…そこは嘘でも……」

酔いが進むと、口元も緩む。時折他愛もない話をしながら時はゆっくりと流れる。毎日仕事と時間に追われて、ろくに二人の時間もなかった。

「冗談冗談。カイジのも、わるくないよ。」

カイジは決まり悪そうに最後の一口を放り込んだ。
最後のデザートが運ばれてくる。フォンダンショコラとアイスクリームだ。本当はもっとお洒落な名前がついているのだろうけど、庶民の私たちにはよくわからない。
けれど、そんなことはどうだっていいくらいにその甘さは芳しい。

「今日、記念日でもないのに。どうしたの?」
「……なんだと思う?」
「うーん……プロポーズとか?」
「惜しいな」
「え?」

半分冗談で言ってみたら、カイジがにやりと笑って小ぶりな濃紺の化粧箱を取り出したので、フォークを落っことしそうになった。

開けられた箱の中に、当然のように指輪が鎮座している。シルバーの、シンプルな指輪だった。

「……うそ……」
「あんま、高いもんでも、ねぇけど………。俺、ちゃんと働くし、名前と一緒になりてえから…」

それは、カイジが私に初めて好きと言ってくれた日のような、真剣な顔だった。

カイジはテーブルに載せたままにしていた私の手をとって、右手の薬指にそれをはめ込んだ。サイズはぴったりだった。

「プロポーズ…には少し早いから……これは予約…!その……ちゃんと、幸せにするからっていう、予約」

照れくさそうに視線をあちこちにやりながら、指輪のはめられた私の手を包み込む。
何か熱いものが胸の奥からこみ上げてきて、ボロ、と涙の粒がこぼれた。

「来週の休み、おまえの親御さんに挨拶に……え!?おい、な、泣くなよ」
「泣いてないよ」

カイジがあわててポッケをあさり、結局テーブルの紙ナプキンを差し出してきた。腫れないようにそっと拭って、ありがとう、と言った。

視界の隅で、アイスクリームが溶けていく。



予約

(あっ、千円足らねえ……)




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2015/12/18
2ヶ月ぶりの更新ですみません……


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