その日ははっきり言って最悪だった。沼に有り金全てを注ぎ込み、全敗した男が暴れていた。
それだけなら日常茶飯事だったが、特別その男の腕っ節が強く、数人で取り押さえたが、不運にも村上はその一発を食らってしまった。
最悪だ。よりにもよって負け犬に。
村上は殴られた口の端に滲んだ血を拭った。直後、スタッフルームのドアが開く。名前だ。
名前は村上を見るなり化物でも見たような顔をして、「ギャッ」と言った。
「……なんだよ」
「どうしたんですか、そのキズ…!」
殴られたとも言えず、口ごもっていると、名前は自分のハンカチを濡らして持ってきた。
「消毒しないと。ばい菌入ったら大変」
「ガキじゃあるまいし…」
「顔の傷は一生残るんですよ!」
お母さんか、と思った。名前は甲斐甲斐しく、それこそ自分のハンカチが汚れることも厭わずに傷の手当をした。少し切れただけだったのに大仰な処置をされて、やや小っ恥ずかしくなる。
「もういいからっ…業務に戻れっ…!」
「えー。絆創膏だけ貼らせてください」
「大げさだっつの……」
彼女はロッカーから自前の絆創膏を取り出して、村上の口の端に貼り付けた。妙に顔が近くて村上は目をそらす。
「はい。できましたよ。どうも、おせっかいすみませんでした」
「ああ…いや……悪いな」
名前の触れたそこを撫でてみる。さらさらした絆創膏が心地よい。さあ、自分も早く仕事に戻ろう。盗聴器に耳を当てると先ほど自分を殴った客が拷問されていた。身の程知らずめが。
スタッフルームを出ると部下とちょうど入れ違いになった。
「ああ、お疲れ」
「あ、はい。主任、それは……」
「ん?」
さっと目をそらす。なんだ?
部下はそれ以上何も言わずに、ドアをくぐり抜けて行ってしまった。何だったんだ。
その日は、何事もなく1日が終わった。
店長室に報告に行くと、一条は変な顔をして村上を見た。
「お前の趣味じゃないだろうな…」
はい?と首を傾げる。一条もまた、理解できないことを言う。はてと顎に手を当てた。指に触れるのは、名前が貼ってくれた絆創膏。まさか…と血の気が引く。
トイレに駆け込んで鏡を見てみると、村上の顔の中で一際存在感を放つピンク色のなにか。
よくよく注視してみると、どこかで見たことのあるウサギが絆創膏にプリントされていた。
それは圧倒的マイ○ロディ…!女子の特権というべきか…村上には余りにも可愛すぎる絆創膏だった……!
「名字ーーーーっ……!!」
「ええっ…!?なんですかっ…?」
ピンクの目印***
2015/10/30
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