小説 | ナノ


『ハロウィンだから動物園に行こう』とバスの中で言われた時は大いに首を傾げたが、目の前についてカイジはようやく理解した。

「動物の仮装で入場料が半額…ねえ」

見れば周りは、うさぎの耳のカチューシャをつけたカップルや、猫風のメイクをした女性グループ。

「で、おまえは、」

何すんの、と言うまえに何かが頭に突き刺さった。

「いてっ…!」
「うん、似合ってる似合ってる」
「は………?」

頭にぶっ刺されたものを手で触ってみると、なにかモコモコとした…カチューシャのようなもの。

「みみ……?」
「そ、犬耳」

カイジは慌てて外そうとするが、鋭い目で制止されて怯む。

「ちょっとは家計に協力しなさいよ」
「……まあ…お前もつけるなら…たまには羽目外すくらい…」
「え?私はつけないけど?」
「はっ…!?だって、」
「一人でも仮装してればグループ全員半額だから」
「だったらお前がつければいいだろっ…!俺みたいな野郎がつけて誰が得するんだよっ……!」
「私。ていうか、働いてないくせにずいぶんな口の利き方じゃないの」

そう言われてしまうと、カイジはもう黙るしかない。

「人に犬耳つけるってことは……自分もつけていいってこと…!ギャンブルっていうのはそういう……」

ぐっ…ぐっ…と嗚咽を噛み締めながら、名前の後ろをついていく。
係りの人が犬耳のカイジを見てにこやかに「半額ですね」と微笑む。カイジはまたそれで顔を真っ赤にした。

カイジがあまりに辛気臭い顔をするので、名前はゲートをくぐった後に外してやった。

「カイジ、何見たい?私はね、ライオンかなー」

もらったマップを見ながら名前は首をひねる。

「べつに…おまえが行きたかったらどこでも…」
「そういうのが一番困るのよ。」
「え、えー…じゃあ…馬……」

名前はよし、と言いながら馬舎のあるエリアまで歩を進めた。

「でかいなー。サラブレッド?」
「いや、この脚の太さは違うな……」

一瞬関心したが、カイジが競馬に入れ込んでいたことを思い出して名前は落胆した。

「あっカイジ、みてみて!あそこの二頭、夫婦かな?」

名前に促されて見てみると、体格の大きな馬と一回り小さな馬が仲よさげに寄り添っている。

「黒いのが俺で、小さいのがお前かな……」

なんともなしにそう言うので、名前は照れた。が、次の瞬間、雄馬が雌馬にのしかかる。

「え?」

それはまごうことなき交尾っ…圧倒的交尾だった…!
自ら自分たちに例えてしまった2人はものすごく気まずくなってしまった。

「名前、次のところ行こう……」
「う、うん」

とは言うもののなんだかぎこちない。とんでもないタイミングだな、と思いつつカイジは名前の手を引いた。

順路通りに歩いた2人は兎やモルモットと遊べるふれあいコーナーに着いた。
こういうのは子供が行くところじゃ、とカイジは思ったが、案外友達連れやカップルも多い。こじんまりしたイスに大人二人で体をかがめて座る。
係りの人に兎を膝に載せられる、名前とカイジ。名前の方は慣れているようで、兎はすぐに懐く。一方カイジはおっかなびっくりなせいで、落ち着きをなくした兎にわたわたしていた。

「背中から撫でてあげるんだよ」

名前に言われて恐る恐る触れると、兎はやっと落ち着いた。

「かわいいでしょ」
「おう、かわいいな」

目を見て言われたから、名前は少し照れた。自分に言われたわけじゃないのに、と余計恥ずかしくなる。と、カイジの隣に小さな男の子が座った。

「お兄ちゃん、これなにー?」
「え?あー……ええと……」

指の縫い目のことを聞かれてカイジは困った。平和な空間に電流が走ってしまう。

「これはなんていうか…勲章…!喧嘩の後のすり傷みてえな……戦った男の証だよ……!」

苦し紛れにそう答えると、『かっこいい!』と目を輝かせた。すぐに母親が来て、すいませんと謝られ、こっちこそすいませんとカイジは恐縮した。

時計が正午を回ったので、2人は昼食をとることにした。園内のレストランに入って席に着く。ウェイトレスが水を持ってきて、お決まりですかと聞かれたので、名前はオムライス、と即答した。

「え!?あー…どうしようかな……じゃあ俺は…このグリルプレート……!」

結構な距離を歩いていたせいか腹は減っていた。肉にがっつくカイジを見て名前は苦笑した。

「動物を見た後に動物を食べるっていうのもなんかアレね」
「ああっ……?仕方ねえ…!これが自然の摂理っ……!」

カイジはなんでも美味しそうに食べる。今日は久々のデートだった。にこやかに彼を見守りつつオムライスの卵をつっついていると、電話が鳴った。名前が持たせているカイジの携帯だ。

「悪い」
「ううん」

「もしもし……あ…?佐原…?は…?シフト……今から……!?無理…!無理っていうか不可能…!」

どうやら彼のバイト先で欠員が出たらしい。名前はちらりと時計を見る。

「いいよ。帰る?」
「は!?俺が嫌だって…!せっかくの名前と出かけたのに……お、おい、あとで掛け直すから!」

乱暴に電話を切るとカイジは頭を抱えた。
なんだ、ちゃんと楽しんでくれていたんだ、と名前は安心する。動物園と彼は少し合わない気がしていて少し不安だったのだ。

「何時から?」
「4時…」
「なんだ。ちょっとゆっくりしても間に合うじゃん」
「でも…今日は一日………ちくしょう……!すまねえ…」

根はお人好しなのだ。結局、レストランを出ると、少しだけ園内を見てから帰ることにした。カイジはどうしても名前の言っていたライオンを見ると言って、動物園の端まで手を引いていった。そうこうしている間に時間は刻々と過ぎ、最後はバス停に向かって走る。やっと着いた時は2人とも汗だくだった。幸いバスの時間まで5分ほど早い。

「カイジ!」
「ん?」
「トリックオアトリート。」
「えっ………」

言われて、今日がハロウィンだったことを思い出す。同時に、もちろんお菓子など持っていないことに青ざめた。こんなことなら売店でクッキーでも買ってやれば良かった…!と後悔するも遅し。もじ…もじ…していると、名前はぷっと吹き出した。

「じゃあいたずらね。うん。しゃがんで」

恐る恐る、名前の目線まで背をかがめると、頬に触れる柔い感覚。ふわ、と名前のシャンプーの香りがする。

「今日はカイジが忙しいから、今のうちに補給しとく」
「えっ…」

これじゃ、いたずらじゃなくてご褒美だろうがっ…!とカイジは思った。

口ではいつも強く言いつつ、こんな口実を作らなければキスもできない名前にカイジは胸が締め付けられるようだ。たまらず抱きしめると、名前は慌ててもがいた。

「ちょ、ちょっと!バス来ちゃうから」
「あ、ああ……悪い」

悪いと言いつつ、回された腕の力は緩められない。じたばたともがいていた名前だったが、諦めてカイジの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
冷たい秋風の中で互いの体温が心地よい。

バスなんか来なければいいのにと思った。


(了)

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2015/10/23
10月中に書けて良かった……!


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