小説 | ナノ



「なあオレ、そんなにダメか……?」

お風呂上りに雑誌を読んでいると、背後からいきなりそんなことを言われたので、名前は、え?と振り返った。

カイジはもじもじと自分の指先を弄びながら、視線をあちこちに泳がされている。

「なにが?」
「今日佐原と飲んだんだけど……お前はダメだって言われた……」
「佐原ってバイト先の子?」
「ああ……」

………

巻き戻すこと数時間。バイト上がりに佐原という男に呑みに誘われて、いつもなら乗り気ではないカイジだったが、『彼女と最近うまくいってないでしょ』と図星を言われて相談に乗ってもらっていたのだった。

「カイジさん、それはヤバいですよ」
「え…?」
「最後にデート行ったのいつですか?」
「えーと……あいつがボーナス出たっていうから……飯食いに……先々週だったかな」
「ヤバいです」
「何がだよ…!」

「ろくすっぽ働いてないくせにデートもまばら、その上彼女のオゴリって……ダメ男ですよ!オレが女ならソッコー振ってます」

その時、カイジに電流が走った。こうして文字にして現状を突きつけられると確かにまずい…気もする。ソッコー振ってます、の言葉にカイジは震えた。まずい…このままじゃ名前に振られる…!

…………


「……と思って、柄にもないケーキなんか買ってきちゃったんだ…」

カイジがぎこちなく冷蔵庫から取り出したのは名前が好きだと言っていたケーキ屋のフルーツタルトだった。「明日食べるね」と言われてしまったので、すごすごと戻す。なんとも格好がつかない。

「あのさぁ、だったら就職先を探すふりでもしなさいよね」

名前は雑誌をぱたんと閉じて横になった。

「す、すまねえ……」
「うそうそ。カイジはいてくれるだけでいいんだよ、よしよし」

飼い犬のように頭を撫でられてまんざらでもない顔をする。いけない、これではいつもと同じだ。

「何か…俺にできることは…」
「強いて言うなら私を労ってはくれんかね。」
「あ、する…!労わる…!」

ベッドに寝転がった名前に足を差し出され、カイジは丹念にツボを指圧する。いつもやっているので慣れたものだった。足の指を揉みほぐし、土踏まずのへこみに、両親指を使って…

「ふっ……んぅ……」
「………」
「あー……ソコ……んっ」
「(や、やべえ…)」

白くなめらかに伸びる足を揉んでいるうち、カイジの中に申し訳なさとは別の感情が持ち上がってくる。おまけに名前が悩ましげな声をあげるものだから、それは主に下腹部で主張を始め、カイジは顔を赤くしたり青くしたりした。

「名前っ……!」

たまらなくなって、無防備な背中にのしかかる。

「んー?」

襲われかけているとはいえ当の本人は特に気に留める様子もなく、枕元に転がった携帯に手を伸ばした。ぎゅうと細い体を抱きしめれば、しっとりと湿った肌とシャンプーの良い香りが相まって、カイジの劣情は更に増大してしまう。

「すげー…いい匂いする」
「はいはい、私は明日も早いからね。マッサージありがと、おやすみ」

手早くアラームをセットしてしまった名前はいよいよ寝支度に入ってしまう。今日佐原に言われた引け目もあってそれ以上は押せず、悔し涙を浮かべて隣に寝転んだ。

「カイジ、すきだよ」
「お、俺も……」

好きだと、言い終わらないうちに名前は夢の中だ。仕事、大変なんだな…とカイジは改めて自分の身の上を恥じる。一応バイトはしてはいるが、給料は雀の涙。正社員とは責任の持ちようも違う。いつかは振られてしまうんだろうか。俺みたいなごろつきより、収入も安定してる奴とくっついた方が、名前は幸せなのかも……スーツをビシッと着こなした男と並んでいる名前を想像して、カイジはうう…!と涙をこぼした。

「なんだよ…この涙…!泣いてどうする…!」

その声に起きたのか、名前の目が優しく開かれる。自分の嗚咽で起こしてしまったのかと慌てた。

「わたし、幸せだからね」

哀れみでもお世辞でもない、本当に幸せそうな顔で言うものだから。カイジは名前が愛しくて、泣きながらもう一度強く抱きしめた。ごめん、ごめん名前……。あと………。

(ド、ドースンダヨ、コレ…!)

行き場のない欲望を一人で鎮めるしかなかったのは、また別のお話。






***
2015/10/17
典型的ヒモのカイジくん

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