novel | ナノ

雪色の空



 目を開けると見慣れない天井。白い。縦長の蛍光灯。病院か。
 あれ? でもなんで病院にいるのだろう。
 ユキはベッドの上で首を傾げた。

「……目が覚めたようだね」

 ガララとドアが開いて初老の医師がこちらを見て安心したように微笑んだ。
 あぁ、そうだ。下校中に倒れたんだった。

  * * *

 アヤは走っていた。
 ユキが倒れて病院に搬送されたと彼女の母親から連絡を受けて、気付いたら家を飛び出していた。

『あのね、落ち着いて聞いてね――』

 震えた声で伝えられた言葉。続けられた言葉に絶句した。

 アヤとユキは幼馴染みだ。家が近所だったため家族ぐるみで仲が良かった。高校を出てからは進路を違えたが、変わらず仲良くしていた。

  * * *

「ユキッ!」

 アヤは病室のドアを勢いよく開けた。個室だったからまだよかったものの、騒がしく現れたアヤに看護師はキツい視線を向けた。
 ベッドの上で体を起こした状態のユキは驚きつつもふんわりと微笑む。近くにいた看護師は一言二言話してから病室を出て行った。
 二人っきりになった病室でなにもなかったかのようにユキは問う。

「どうしたの? アヤちゃん」
「はあ!? どうしたのって……」

 またも病院で騒ぎかけたアヤにユキは人差し指を口元に立ててしーっと小声で言う。アヤはもしかして知らされていないのかと思い、口を噤んだ。急に静かになったアヤにユキは不思議そうに首を傾げる。確かに静かにするよう言ったのだが。

「アヤちゃん! わたし、リビニングニーズ特約で保険金が受け取れるよ!」
「えっ、保険かけてたの?」
「……今からじゃもらえないの?」

 ユキが嬉しそうに言うからついいつものノリで返してしまった。
 リビニングニーズ特約とは余命6ヶ月と診断された人が生存中に保険金を受け取れる特約のことだ。詳しくは知らないけれど。
 つまりユキは、

『――長くてもあと半年しか生きられないって』

 どこかふわふわしているようなのに頼れるほどしっかりしていていつもにこにこと愉しそうに笑っているユキはこんな時でも笑っていた。どうして笑っていられるんだろう。不安はないのだろうか。アヤは不安で怖くて押し潰されてしまいそうなのに。

  * * *

 ユキが余命半年と診断されてから4ヶ月が経った。
 この4ヶ月、アヤは大学がある日以外は毎日病院に通っていた。ユキの入院している病院とアヤが在学している大学が真逆に位置しているため、大学がある日は見舞いに行けないのだ。

「ユキ」
「あ、アヤちゃん」

 たくさんの管に繋がれたユキはベッドに横になったままアヤの訪問を喜んだ。もう自力で起き上がることすら出来ないのだ。
 日に日に目に見えて弱っていくユキは相変わらずにこにこと愉しそうに笑っている。一度たりとも涙を見せていない。

「午前中、雪が降ってたよ。寒くなかった?」
「降られたから知ってる。クソ寒かった」
「ふふ。……いいなぁ」

 暖かい病室の中じゃ外の寒さはわからない。しんしんと降る雪を見ることは出来ても触ることは出来ない。ユキは羨ましそうに諦めたように笑った。
 アヤにはユキのように笑うことなんて出来なかった。

  * * *

 あれから一ヶ月が経った。
 もうアヤは病室には行かなくなった。否、行けなくなった。ユキは強がって笑っているんじゃないかと、強がりなユキはだんだんと弱っていく姿を見られたくないんじゃないかと、不安になってしまったのだ。
 病院に行って看護師にユキの様子を聞いて会わずに帰る日々を送っていた。

「今日もユキちゃんには会わないの?」
「……はい」

 いつも同じ看護師に話を聞いているから覚えられてしまっていた。彼女もユキを心配しているらしく詳しく話してくれる。
 「早く仲直りしてね」と看護師は微笑む。別にケンカしたわけじゃない。アヤが自分勝手な思い込みで一方的に避けているだけだ。

「おい、クソ女」
「は?」

 病院を一歩出たところで声を掛けられた。いや、喧嘩を売られた気がする。
 声の主へ視線を向けると、ユキによく似た男の子がいてアヤは思わず一歩後ずさった。
 そういえばユキには弟がいた。口の悪い可愛いげのないシスコン野郎で、アヤとは気が合わないため存在を忘れていた。

「なんで姉さんに会わねェんだよ」
「…………」
「シカトか? 意気地無しが」

 ちっ、と舌打ちをした弟はずかずかと大股でアヤの目の前まで来た。
 アヤはいつの間にか自分より背が高くなった彼を見上げ睨む。

「あんたこそ、今まで何してたんだよ!」
「テメェには関係ねェだろ」

 存在を忘れていたのもユキが入院してから一切弟の話なんて聞いたことがないからだ。看護師だって言ってなかった。
 アヤがユキに会わないようになったことは母親にでも聞いたのだろう。

「その言葉、そっくりそのままあんたに返してやんよ!」

 アヤは捨て台詞を精一杯彼に叫んで病院から走り去った。
 本当はアヤも弟も怖いのだ。ユキがもうすぐいなくなることを認めることが。会わなければ、目にしなければ、実感することはない。希望を持っていられる。そんなのはただの現実逃避でしかないけれど、アヤは強くないから向き合えなかった。


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