王族が上空へ宮を構えて数千年。王様だけが地に残り、国を治める。王様は民が選び、民が裁く。しかし民は天空宮へは行けない。王族には手が出せなかった。 王族も民も互いを互いの檻に閉じ込めている国のお話。 * * * 数日前に治世400年の王が暗殺された。その報せを受けた天空宮の王族は王様候補を本日中に地に送ると知らせてきた。三兄弟だとか。 此処はまだ王族が地にいた頃に使っていた城で今は王族に従うフィオーネ家が預かっている。ちなみに王様は此処では暮らさない。 アリスは彼らを迎えるために朝からずっと地下にある魔方陣を見ていた。この魔方陣が天空宮と繋がっていて、特別な詠唱が必要ならしい。以前使われたのが400年も昔のことなので詳しくは誰も知らなかった。 「……ほんとーに今日来るのかなー」 魔方陣の傍に座り込んでアリスは独り言をぼやく。かれこれ6時間は地下にいるのだ。だるくなってきた。アリスはごろりと横になり、もう疲れたので寝てやろうかと自棄になり始める。 「気が滅入るー、鬱になるー」 「……大丈夫ですか?」 「年頃の娘はよくわからんな」 「なにここ!? 暗っ!」 ゴロゴロと寝転んでいたら魔方陣の方から声がしてアリスは数秒固まった。 最初に声を掛けたのは長い銀髪の優しそうな男。歳は20代後半あたりだろうか。人好きの笑みを浮かべてアリスを心配してくれていた。次に呆れたようにアリスを見ている男はしなやかな黒髪に鋭い赤い眼をしていた。歳は20代半ばだろう。最後に若い青年は暗がりでもわかる金髪に蒼い瞳。歳はアリスと同じくらいか年下っぽい。暗所恐怖症なのか挙動不審だった。 数秒の間、三人を凝視していたアリスだが、はっと我に返り居住まいを正して深々とお辞儀をする。 「お待ちしておりました」 先程の醜態をなかったことにしたアリスに銀髪と黒髪は驚いていた。金髪はそもそもアリスを見てさえいなかった。とにかく金髪の彼のためにも早く地下から出よう。 アリスはにっこり微笑んで三人を案内した。 * * * 400年ぶりに王族を招いた応接間はいつも以上に綺麗になっていた。アリスは少し驚きつつも表情には出さない。 三人にはソファに座っていただき、アリスも向かいのソファに腰を下ろした。 明るい場所に出て落ち着いたのか、金髪は「あんた誰?」と不思議そうに問う。 「申し遅れました。わたしはアリス・フィオーネと申します。 みなさまのお世話をさせていただく者です」 地上と天空の差はわからないけれど不自由がないよう努めるのがアリスの役目である。だが、天空宮のことは聞いてはいけないときつく言い聞かされていた。 「私はギルバードです」 「レイヴンだ」 「オレはクラウド」 銀髪、黒髪、金髪の順に名乗った。彼らも天空宮のことは話してはならないと言い付けられているはずだ。 「さっそくですが、選挙についてお話いたします」 「ええ、お願いします」 ギルバードはふんわり微笑んだ。優しそうな人だ。当選しやすいだろうが優しいだけの王様の治世は短い。アリスは頭の隅でそんなことを考えていた。 王様不在の今、次期王様候補には選挙で王座を勝ち取ってもらう。投票権はこの国の民であれば老若男女は問われない。しかし、投票したい王子の名前と自分の名前を書かなければならず、代筆は認められていないので字の書けない人は投票できないのだ。 「明日から一ヶ月間、投票が行われます。 締め切りは明日からの一ヶ月後、開票はその翌日となります」 王子たちに与えられた期間は一ヶ月だが、民は一ヶ月の間いつ投票しても構わない。 忙しい人は早めに見た目だけで判断し投票するだろう。 「当選された方が王様です。即位式で不老の薬を飲んでいただきます。 なお、当選なされなかった王子様は即位式の終了後に天空宮に帰ることになります」 王様は不老でなくてはならない。いい王様の治世はずっと続くようになっている。そのために不死ではない。民が裁けるように、民の手で殺せるように。 「と、こんなところでしょうか」 「ありがとう」 「一ヶ月もいなきゃなんねぇの? たりー」 アリスが一通りの説明を終えるとギルバードは微笑んで礼を言う。少しだけ心がほっこりしたのも束の間、ソファに浅く座り背凭れにだらしなく背を預けるクラウドの発言にアリスは蟀谷をひくつかせた。レイヴンは黙ったまま。 「……王様にはなる気がないように聞こえたのですが?」 「あたりまえだろー。なんでこの若さで不老? ふざけんなってーの」 はんっ、と実に不機嫌そうに吐き捨てられた言葉にアリスは笑顔を取り繕うことも忘れて呆気にとられた。じゃあなんで降りてきたんだと言ってやりたい。 「ま、クラウドは帰った方が姉上はお喜びになるだろう」 「そうですね、心配してましたから……」 「だよなー。早く帰りてぇ」 天空宮のことは聞いてはいけない。もちろん王族のことも。 アリスは三兄弟の会話をぼんやりと聞いていた。深読みはしてはいけない。知ってはならないのだ。と自分に言い聞かせる。 * * * 次の日の昼頃。 どんよりとした暗い雲が空を覆っていた。 応接間の窓を拭きながらアリスは不安げに空を見ていた。 「雨とかやだなー」 降らないでねー、と独り言を呟いていると応接間の扉が開く音がした。ゆっくりそちらを向くと、さっき起きたのか眠そうなクラウドが立っていた。 アリスはクラウドにぺこりとお辞儀をする。 「おはようございます、クラウド様」 「おー、おはよう。……あんただけ? 兄上たちは?」 「朝早くにお出掛けになられました」 限られた期間でいかに自身を宣伝するかが大切な選挙。ギルバードは東側に、レイヴンは西側に、自分をアピールしに向かったのだ。王様になる気のないクラウドには関係ないと思い、アリスは説明を省いた。 「オレ、思ったんだけど」 「はい」 「国民ってみんな字書けんの?」 「……フィオーネ家は書けませんが?」 「へぇー。他にもいる?」 フィオーネ家の者は投票してはならないため、筆を持つことを禁止されている。字を読むことはできるが書くことはできないのだ。 彼が何を知りたいのかアリスにはよくわからないが教えられることは教えておこう。 「あと、貧しい人たちは書けないと思います」 「……やっぱ、そーだよな」 「?」 この国には学校はあるが、金銭的に余裕がないと通えない。そして、学がないとまともな職に就けない。貧富の差がそんな悪循環を生んでいる。前王様はこれをなんとかしようと提案したところで暗殺された。提案された内容が暗殺者はには都合が悪かったのだろう。 クラウドが何を企んでいるのかはわからないが危険なことはやめてほしいな、とアリスは思う。めんどくさいし。 「なあ、そいつらにさ、オレが字を教えてぇんだけどいいか?」 「は?」 何を言っているんだコイツ、と思わず言葉にしそうになって慌てて口を閉じた。仏頂面で睨んでしまったかもしれない。 クラウドはアリスを気にすることなく説明をする。 「投票するためには字書けないとダメなんだろ?」 「ええ、そうですね」 「なんかもったいないじゃん」 それにオレ暇だし、と彼は笑った。 投票権が勿体無い。そんな風に考えるのか。変わった王子様だ。アリスもつられて笑った。 「姉上にも『教えるのだけは上手ね』って褒められてるしな! 自信はあるぜ!」 褒められてる言い回しではない気がするが、本人が自信を持てているのなら別にいいか。 「で、早速行きたいんだけど、連れてってくんない?」 「えっ、わたしが?」 「他に誰がいんだよ」 この城にはアリス以外にも人はたくさんいるのに、クラウドにはアリス以外思い付かないらしい。なんてめんどうな……。 アリスはちらりと窓の外を盗み見る。 「今日はやめませんか? あ、雨が降りそうですし!」 「ん? あー、そーだな。じゃあ晴れの日に行こうぜ!」 約束だからな! よろしくなー、とクラウドは応接間を元気に出て行った。 再び一人になったアリスは窓拭きを再開する。 「あー、めんどくさーいなー」 でも、思ったよりいい人だった。王様になる気があればもっといいのだけれど。 アリスは愉しそうに微笑んだ。 |