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かわりもの




 栢山菜奈は幼い頃から鼻が弱い。
 寒くても暑くても鼻水が止まらず、鼻をかめば必ず鼻血が流れる。花粉にも滅法弱い。玉葱を切るとき、目に染みるのではなく鼻が痒くなるというほど重症だった。

「ハナちゃーん!」

 そんな菜奈についたあだ名は『ハナ』だった。しかも何故か学校名物にまでされかけている。そのおかげで知らない人にまであだ名で呼ばれ、これは一種のいじめではないのかと思う日々を送っている。
 反応を返さないわけにもいかないので、笑って対応しているのがいけないのだろうか。
 終わりのSHRが終わり、帰る前に便所に行っていた菜奈に声をかけたのは多分同じ学年の知らない男子だった。

「今朝、駅前でもらったんだ、よかったら使って!」
「わあ! ありがとうございます!」
「じゃあ、また明日!」

 菜奈にポケットティッシュを渡すと颯爽と走り去ってしまった。きっと部活動があるのだろう。
 有名になって唯一嬉しいことはみんながティッシュをくれること。菜奈はティッシュの消費量が異常だから無料で貰えるポケットティッシュは重宝していた。
 さっき貰えたポケットティッシュを制服のブレザーのポケットにしまいながら教室に続く廊下を歩く。

「わっ」
「きゃっ」

 前方不注意だった菜奈は誰かにぶつかって尻餅をついた。ちなみに菜奈は「きゃっ」なんて可愛い声は出していない。

「ごめんなさい! 大丈夫?」
「あ、はい。こちらこそすみませんでした」

 ぶつかった相手はなんと見たことのない美人でした。しかも先輩っぽい。低めの声がなんとも魅惑的で未だ座ったままの菜奈に差し出された手は指先まで見惚れるほど綺麗だった。自分なんかが触れるなんてもったいないと思っていると、美人は困惑したように眉を下げ首を傾げた。

「本当に大丈夫? ……鼻血が出てるけど……」
「はっ!」

 そういえばなんか垂れてる、と慌てて両手で鼻を塞ぐ。ああ、しまった。これではティッシュが取り出せない。菜奈が一人でわたわたしていると美人が鞄からティッシュを取り出し、一枚引っこ抜くと菜奈の両手の下に持ってきた。
 菜奈が両手を放すとティッシュごと鼻をつままれた。

「ふごっ」
「あ、ごめん。つまんだ方がいいかと思って」
「いえ。ありがとうございます」

 ブレザーからさっき貰ったポケットティッシュを取り出し、そのティッシュで鼻を塞ぐために美人には手をどけてもらった。あとは止まるのを待つだけだ。

  * * *

 廊下に座り込んだまましばらく経ってやっと鼻血が治まった。ずっと隣にいてくれた美人は廊下に座ることに抵抗があるのか窓を開けて縁に頬杖をついている。
 菜奈が立ち上がると美人はこちらに向き直った。

「すみません。やっと止まりました」
「ほんと? よかった」
「お騒がせしました」

 ふんわり、綺麗に笑う美人に高鳴る胸を誤魔化すように頭を下げた。菜奈に同性愛の気はない。美人にはみんなきっとときめく。これは普通の反応だ、と自分に言い聞かせる。

  * * *

 次の日。
 菜奈は昨日の美人のことを同じクラスの友人に聞いてみた。彼女は新聞部期待のルーキーで、その情報収集力は先生すら恐れるほどらしい。そんな情報通の彼女なら知っているだろうと思ったのだ。

「え? 美人?」
「うん。すごい美人なの!」
「……ふーん。たぶん白河先輩じゃないかな」

 白河先輩? 菜奈が小首を傾げると友人は「菜奈と同じくらい有名人よ」と微笑む。あれほどの美人なら有名にもなるだろう。鼻で有名になった菜奈にはなんとも羨ましい有名人のなり方だった。

「あー、勘違いしてそうだけど」
「勘違い?」
「白河先輩って男だよ」
「…………へ?」

 友人の発言に数秒固まった。
 男? 誰が? 白河先輩が? あの美人が?

「いやいや、スカート履いてましたけど!? どう見ても女の子だったよ!!?」
「うるさい」

 教室だということを忘れて思わず叫んでしまった菜奈にチョップをかます友人。クラスメイトから一斉に見られていたがそれどころではない。

「女装が趣味らしくて、しかもそれが似合いすぎて有名なのよ」
「…………」

 確かに似合っていた。というか女装姿しか知らない菜奈には未だに男だとは信じられない。そしてこの学校の有名人にはまともな人がいないんじゃないかと不安になった。何故か変人が多いのだ。その中で鼻で有名になった菜奈は少なからずまともな方だろう。

  * * *

「あ!」

 美人もとい白河先輩が男だと聞かされたその日の放課後。掃除を終えて教室に戻る道中の中庭で白河先輩に出会った。菜奈はものすごく個人的に気まずかった。

「あー、この前の鼻血の子!」
「えっ!? いや、そうですけど!」
「あはは、ごめん。私は白河いずみ、3年だよ」
「わたしは、1年の栢山菜奈です」

 出会い頭に『鼻血の子』と言われるとは思わなかった。もしかして『ハナ』を知らないのだろうか。菜奈も白河先輩の女装趣味を知らなかったのだが。
 お互いに名乗りぺこりとお辞儀をする。

「あの……男なんですか?」
「うん。あれ? 知らなかったの?」

 知ってて当たり前だといわんばかりの言い方に菜奈は驚いた。そんな常識みたいに言われても困る。
 白河先輩は不思議そうに首を傾げていた。わあ、美人は何をしても美しい。ぽーっと見惚れてしまう。

「栢山さん?」
「あ、すみません。見惚れてました」
「正直だね」

 ふふ、と白河先輩は愉しげに笑う。
 菜奈はふと気になって白河先輩のさらさらの長い髪を引っ張った。白河先輩はいきなり髪を引っ張られたのだから当然だが驚いた表情をした。

「ど、どうしたの?」
「地毛なんですね」
「ああ、うん。……行動する前に聞いてくれると嬉しいな」
「はっ! すみません! つい……」
「あはは! 栢山さんって面白いね」

 気を悪くした様子はなく本当に可笑しそうに笑っていて菜奈はポカンと呆けてしまう。怒られるかと思ったから。
 面白いのだろうか?
 菜奈は不思議に思いながらも白河先輩につられて笑った。


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