novel | ナノ

ランタナ



 ボクの通う学園には奇妙な噂があった。伝説と呼ぶべきかもしれない非現実的なそれをボクは信じていなかったし、関わることなんてないと思っていた。というか普通に考えてありえないだろ。
 だから目の前の光景は幻覚だ。きっとボクは寝不足で疲れているんだ。

「いやー、ははは……見た?」

 夏なのに長袖を纏い、白い手袋をはめ、フードを深く被った男は困ったように笑う。真っ赤に染まった目、口から覗く鋭利な牙、疑いたいが紛れもなく彼は学園に伝わる非現実的なあれだ。現実逃避がしたい。
 彼の質問に答えるならば、見た。彼が女子生徒の首筋に噛み付いている場面をボクはばっちりしっかり見ていた。ついでに彼の腕の中でぐったりとしている少女はボクが呼び出した片想い中のクラスメイトである。そう、告白をするつもりだったのだ。

「少年、話をしようか。動くなよ」

 わざとらしく牙を覗かせて、あくまでも笑みを浮かべて言うが、ボクがここから立ち去ろうものなら彼女の命はない、と赤い瞳が訴えている。脅しじゃないか。

「いいよ。聞いてやんよ」
「ほーぅ……優等生かと思いきや、っていうか怒ってる?」

 怒るのは当然だろう。何せボクは告白を邪魔されたのだ。どれほど呼び出すのに緊張したと思っているんだ。どれだけ告白の言葉に悩んで選んだと思っていやがるんだ。そしてやっと今日を迎えたというのに、存在しないと思っていた存在に阻止され、しかもそいつに好きな子が襲われてるんだぞ。普通に怒るだろ。
 だが、ボクは首を横に振って否定しておいた。早く話をしてもらおうか。

「まあ、どっちでもいーけど」
「……」

 本当にボクが怒っているかどうかなどどうでもよさそうだ。
 彼は近くにあるベンチに彼女を横たわられて、ボクに向き直ると人好きの笑みを浮かべる。何故だろう、全く好感が持てない。

「どーも! 吸血鬼です☆」
「そうですか。こんにちは」
「薄ッ! 反応うっすー!! もっとこう、なんかないの!? 吸血鬼だぜ!!?」
「薄々気付いてたし……信じたくなかったけど」

 吸血現場を目撃したのだ。吸血鬼だと正体を明かされても彼の望むような反応などしない。むしろしたくない。

「冷たい子だなー。一応、半世紀くらい先輩なんだぜ? 卒業してないし!」
「在学生でもないでしょう」

 ボクの言葉に彼は「うっ」と言葉に詰まった。そんなに先輩面がしたかったのか。めんどくさいけど敬語で相手をしよう。
 半世紀ということは50年前はこの学園の生徒だったということか。もとは人間だったのだろうか。

「それで、なんで彼女を襲ったんですか?」
「そこの日陰で昼寝してたらさー、なんか美味しそうな血の匂いが漂ってきて、オレはちょーど渇いてたから吸った」

 悪びれることも繕うこともなくさらっと言いやがった。
 そこでふとボクは思い出した。吸血鬼には詳しくないが、映画などでよく見る。あれは吸血鬼ではなくゾンビだったような気もしなくはないけれど、噛まれたら感染するのではないだろうか。つまり彼女は吸血鬼になってしまったのではないだろうか。

「歯牙感染の心配はいらないぜ。あれは始祖様だけだし。あ、始祖っつーのは生まれながらの吸血鬼、純血種のことでオレは違う」

 ボクの視線と表情から何を気にしているのか察したのか。無駄に長年生きているわけではないらしい。

「じゃあ、先輩は人間だったのに始祖に襲われて吸血鬼になったんですか?」
「先輩って皮肉か!? ……いや、オレの母さんは始祖様じゃねぇよ。オレは血をもらって吸血鬼になったんだ」

 皮肉のつもりなどなく、なんと呼べばいいのかわからなかったから『先輩』と呼んでみただけだ。それに最初に先輩だと言ったのは彼だ。
 『母さん』とは彼に血を与えた吸血鬼のことなのだろう。

「そんなわけで、バレたからには相談だ」
「自分からばらしたじゃないですか」
「いやいや、現場を見ちゃった時点で少年に逃げ道はねぇよ」

 彼は真っ黒いトレンチコートのポケットに手を突っ込んだまま愉しそうに笑う。にぃっと擬音が聞こえそうな三日月を口許に浮かべて言った。

「血を提供してくれないか?」

 彼は戸惑うボクのことは気にせずに話し始めた。
 以前、彼に血を提供していた生徒は卒業してしまい、今はそこらへんの生徒を気紛れに襲っている。しかしそれをやめたいらしい。味がコロコロ変わって安定感がないからすぐ渇くだとかなんとか。正直、どうでもいい。

「断ったら――」
「殺そうか? でも死体の処理とかめんどくせぇからオレの血を飲ませて吸血鬼にしてやるよ」

 どうする? と首を傾げて聞いてくる。こんなの、脅しじゃないか。

「一週間に一回でいい。場所も少年が指定してくれてかまわない」

 出来れば日陰がいいけど、と吸血鬼は呟いた。

  * * * 

 ふるふると小さく瞼が震えてから大きな瞳が開かれボクを捉えた。ベンチに横たわっていた少女はゆっくり起き上がり、頭上にわかりやすく疑問符を飛ばしていた。ボクは彼女の隣に腰かけて、先ほど例の吸血鬼に買いに行かせた飲料水のペットボトルを手渡す。

「ありがとう」
「えっと……大丈夫?」
「うん」

 なんと言えばいいのだろう。吸血鬼に邪魔された告白がこんな形で戻ってきてしまった。
 ちなみに彼女には吸血鬼に襲われたという記憶はない。噛みつく前に背後から手刀で気絶させたと何故か誇らしげに言っていた。首筋に噛み傷が見当たらないのは吸血鬼の唾液には治癒効果があるからだとか。……舐めたのか。

「もしかして私、寝てた? ごめんね! 起こしてくれてよかったのに」
「あっ、いや、呼び出したのはボクだし、悪いかなと思って」

 彼女が申し訳なさそうに笑うのでボクは慌てて言葉を返す。彼女はなにも悪くない。悪いのはあの吸血鬼だ。
 ボクは息を深く吸ってから彼女に告白をした。

  * * * 

 一週間後。
 放課後、日が暮れてからボクは学園の裏庭に向かった。
 裏庭のベンチに腰かけて木に呼び掛ける。

「先輩、生きてますかー?」
「んー。……っていうか、吸血鬼って既に死んでるから! 死体だから!」
「それは初耳です」

 死体に血を吸われるとか嫌すぎるんですけど、と思ったけど言わないでおいた。木から降りてきた吸血鬼は噛み殺すことなく欠伸を晒している。
 人間の生き血を生命力にしているから、飲まず食わずでも血さえあれば動いていられるが、人間と同じ食生活を送っても血がなければ土に還るらしい。早く還ればいいのに、とは思っても絶対に口には出せない。

「その格好、暑くないですか?」
「いやー暑いとか寒いとか感じないからわかんねぇ。そーいえば今は夏かー」

 ベンチにどかりと座った吸血鬼は先週と同じ暑苦しい服装だった。日が暮れて日光に当たる心配がなくなったのだから脱げばいいのに。大きめのフードを深く被って手袋までして、見てるこっちが暑いじゃないか。
 ボクは手首を差し出しながら彼をちらりと窺った。吸血鬼は両手を合わせて「いただきまーす」と語尾にハートが付いてそうな調子で言ってボクの手首に牙を立てた。

  * * * 

 食事を終えたらしい吸血鬼は「ごちそーさまでした」と満足げに両手を合わせていた。なのでボクは「お粗末様でした」と返しておいた。

「そーいえば、告白はどーなった?」
「……フラれました」
「マジか。ざまあ」
「…………」

 ボクは無言で吸血鬼の脳天に鞄を叩き付けた。辞書が入ってるけど気にしない。カエルが潰れたような声が聞こえたけどこれも気にしないことにした。

・‥…‥・‥…‥・‥…‥・
孤独結社 『創作 お祭り騒ぎ企画』参加作品。
キーワード【吸血鬼 学園 パーカー(フード) 手首】
好きなものを出来得る限り詰め込んでみました! 
花要素はタイトルだけなのでキーワードには入れませんでしたが花も大好きです。
(2012.07.03)

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