20日目 夜。美雨は昨日のお祭りで手に入れた景品たちを部屋に並べていた。この景品のほとんどは灰流に取ってもらったものだ。美雨はスーパーボール掬いしか活躍できず、射的も輪投げも散々な結果だった。しかし美雨が欲しいと思って狙っていたものを灰流が取ってくれて負けて悔しい反面、嬉しかった。 「スーパーボールはどこに並べようかな……お風呂場かな」 欲を言えば灰流とお揃いのものが欲しかったのだが、いずれいなくなる美雨を思い出させてしまうようなものは残したくなくて提案できなかった。今し方部屋に並べたこれらは持って帰れるのならば持ち帰るつもりでいる。 スーパーボールを持ってお風呂場に向かおうとしたら部屋をノックする音が聞こえた。こんな時間に誰だろう。 「はーい」 「よぅ!」 スーパーボールを持ったままドアを開けるとそこには久遠がいた。 何故か甚平を着ていて前髪はピンでアップにされている。なんだかすごく普段より幼い。金の眼がはっきりと見えていて改めてつり目だなと思った。 「暇? 花火しよーぜ」 「……は?」 珍しくにっこりと笑った久遠は「薬園の反対側の庭でやるから準備できたら来いよー」と言うと下駄を鳴らして去っていった。 とりあえず、スーパーボールをお風呂場に並べてこよう。 * * * 薬園の反対側の庭と言われた場所に向かうと、そこではすでに花火があちこちを眩く照らしていた。見知った彼らが騒がしくはしゃいでいる。それを少し離れた場所で座って眺めていた白雪の隣に美雨は腰掛けた。 「白雪は参加しないの?」 「見ているだけで充分よ」 そう言った白雪の横顔はとても穏やかだった。彼女の視線の先なんて追わなくてもわかる。笑い声とたまに悲鳴が聞こえるあの中心にいる彼。 「……あんたも思い出作りなさい」 「えっ?」 「花火してこいって言ったのよ!」 ばんっと背中を強く叩かれて勢いのまま前に倒れかけた美雨を誰かが支えてくれた。おかげで地面とお友達にならずに済んだ。ホッと一息ついてから支えてくれた誰かを見上げる。 「あ、かっ、灰流さん?」 「大丈夫か?」 「うん。……ありがとう」 見上げた先にいたのは灰流なのだが、普段とは違って浴衣姿で髪も整えられていて見知らぬ美人かと思ってしまった。ほぅ、と知らずにため息が漏れる。 美雨は灰流に手を引かれ立ち上がる。彼は白雪に視線を落としたが、白雪は一点を見つめたままだった。まるで目に焼き付けるようにただただ見つめている。「さっさと行きなさいよ」と目もくれずに言われたので美雨は頷いて灰流と一緒に騒がしい方へ向かった。 「美雨ちゃーん! あ、紅蓮様、待ってくださいっ」 「こら。逃げなんな」 「や、やめろ! この黒猫やろぉー!!」 「ミケ様はちゃんと目を開いて花火を見てください」 「ちょ、魅麗ちゃん!? 危ないからそない近付けんといて! 熱っ!!」 美雨に駆け寄ろうとしたさくらを紅蓮が反対方向を連れて行こうとし、それを久遠が紅蓮の後ろ襟を引っ張って阻止していた。一方、魅麗は可愛らしい笑顔でミケ限定のドSを発揮している。微笑ましいのか微笑んでいいのかわからない光景に隣からは面倒臭いと言いたげな深い溜め息が落ちた。こういうの苦手なのかな。 「ほら。灰流も混ざれよー、つーか代わって!」 「なにと?」 「俺と! 白雪のところ行ってくるから」 線香花火の束を持った久遠が灰流の背中を押して騒がしい中心に追いやった。子守りを押し付けたのか。ミケは魅麗に絡まれているし、明は白雪とは反対側の少し離れたところで線香花火を楽しんでいる。だから、さくらと紅蓮を見ていてほしいのだろう。 「……線香花火なら白雪もできるよな」 「え?」 「白雪がこの花火を提案したのに、あいつ手持ち花火できないとかありえねぇだろ」 雪女だから火がだめなのかな。じゃあなんで提案したのだろうか。提案された久遠は白雪が花火くらいの火なら大丈夫なんだと思って決行したのだろう。納得できない、と久遠は不満げに頬を膨らます。どうやらご立腹のようです。 「美雨はどうする? ネズミ花火とかする?」 「なんでネズミ花火?」 「面白そうだから。明のところなら線香花火半分やるから一緒にやっといで」 ふわふわと薄い笑みを浮かべる久遠はまだ何も答えていない美雨に線香花火を半分渡して白雪の方へ向かっていった。明のところに行けということか。ピアスのことが聞きたいから行くつもりだったけど。 * * * 真剣に線香花火と向き合っている明の斜め前に美雨はゆっくり屈んだ。明の横にはパイプ椅子があり、ライター1つと線香花火数本が置いてあったので久遠がくれた線香花火をそこに並べておいた。地面に置かれた小皿の上に立つ蝋燭はまだそんなに縮んでいない。 「線香花火って面白いわね。少しの揺れでおじゃんになるのよ。脆くて儚くて――あ」 ぷつりと落ちた。 明は眉間に皺を寄せる。残念というより悔しそう。パイプ椅子の上に並べられた線香花火を2本取って、1つは美雨に渡された。「ありがとう」と受け取り、明が無事に火を灯すのを見届けてから美雨も線香花火に火を灯した。 「昨日はどうだった? 楽しめたかしら?」 「うん。いっぱい景品もらっちゃって部屋に飾るの大変だった」 「まあ! 灰流に取ってもらったのね」 何故わかったんだと驚いて明を見ると彼女は線香花火を見たまま楽しそうに笑っていた。ふふ、と肩を揺したせいか明の線香花火が落ちた。二人して「あ」と声をそろえる。美雨のは落ちていない。パチパチと控えめに瞬いている。それを恨めしそうに眺めてから明は「私になにか話したいことでもあるの?」と聞いてきた。 「うん。……このピアスに見覚えある?」 「それ、どうしたの?」 「え? えっと――」 ポケットに入れておいたピアスを見せると明は驚いた表情を見せたのちに怪訝そうにうかがう。美雨は母とピアスの持ち主のことを話した。明は安心したように息を吐く。 「そう。あの子はあなたの世界に行ったのね」 「え?」 「話してもいいのだけれど、長くなってしまうから明日でもいいかしら?」 「それは構わないけど……」 「じゃあ、午後3時に薬園まで迎えに行くわね」 薬園の作業が終わるのはその日によって変わるけどだいたい15時を目安にしているらしい。 どこか楽しそうに提案する明に異論はないので頷いた。 「オネーサン、線香花火ばっかじゃつまんねぇっしょ? 俺と遊びませんか?」 「あら、風情のない方。そんな方と火遊びなんて遠慮いたしますわ」 まるでナンパをするように絡んできた久遠に明は慣れたようにさらりと返した。 ふと気になって白雪の方を見るとこちらを睨んでいた。久遠が明に話しかけるから。二人して楽しそうに笑うから。白雪が怒っているじゃないか。 どうしよう、と困っている美雨に気付いた久遠は「そっちのお嬢さんは遊んでくれる?」と笑顔で花火を差し出してきた。 「えっと……」 「ばっさり断っても大丈夫よ」 「か、灰流さんと遊びます!」 「おーいってらー」 「惜しいわね。『あんたと遊ぶくらいなら』を前に入れなきゃ」 ふふ、と楽しそうに言う明に薄い笑みを浮かべた久遠は「ひっどー傷付くわー」と戯ける。短い付き合いだけど傷付いていないだろうことが美雨にもわかった。 |