19日目 昨日の晩御飯は美味しかった。いつもの料理も魅麗のお弁当も美味しいけれど、久遠の作る料理は味付けが洗練されているような、さして味覚が鋭いわけでもない美雨でもわかるほど素晴らしいのだ。 今日は美雨が灰流とお祭りに行く日。魅麗に浴衣を着付けてもらい、髪も整えて、準備万端だ。 「歩きづら……」 部屋を出て廊下を歩く。履き慣れていない下駄のせいで俯きがちになってしまう。浴衣のせいもあるけど。歩幅が狭い。足が思ったように上げられない。締められた帯のせいでお腹が苦しい。大丈夫なのだろうか。不安になってきた。 「美雨」 「あ、灰流さん!」 名前を呼ばれて顔を上げると、目の前に灰流がいた。俯いていたから声を掛けてくれなかったらぶつかっていたかもしれない。足元が不安だけど前を向いて歩こう。 何故だろう。隣に並んで歩き出した灰流に心配そうな視線を感じる。そんなに不自然な歩き方に見えるのだろうか。 * * * お祭りは最終日とあってか混んでいた。いや、初日からこんな感じだったのかもしれない。美雨は初めて来たのでよくわからなかった。 妖怪ってこんなにたくさんいたのか。 「行きたいところはあるか?」 「え、うーん……あっ! スーパーボール掬いとか?」 「わかった」 パッと思い浮かんだものをそのまま言うと採用されてしまった。それでいいのか、と戸惑う美雨の手を灰流はごく自然に取ると人(妖怪)混みの中をすいすいと進んでいく。 それから射的や輪投げと美雨が提案して、灰流が手を引いて連れて行ってくれた。手に入れた景品たちは最初のスーパーボール以外は全て灰流が持ってくれている。自分で持てるのに奪われたので美雨は申し訳なく思いながら甘えていた。 「次は?」 「……灰流さんは、」 「ん?」 「灰流さんの行きたいところ!」 美雨ばかりが提案していて灰流は楽しいのだろうか。不安になってきた。 灰流はキョトンと呆けた顔を一瞬晒すと顎に手を当てて難しい顔をして悩みだした。そんなに難しいことを言ったつもりはないのだけれど。 「美雨ちゃーん!」 悩んでいる灰流を眺めていた視線を声がした方に向けると数歩先でさくらが手を振っていた。手を振り返しつつ、さくらがこちらに来るのを待つ。さくらに手を引かれるままに歩いていた紅蓮は美雨に気付いた途端に視線を逸らし、さくらの手を引っ張って反対方向に行こうとしていた。 「えっ、あの、紅蓮さま?」 先程まで従順だった紅蓮に急に引っ張られたさくらは「どうしたんですか?」と困惑しながらついて行った。 紅蓮に避けられるようなことをした覚えはないのに美雨は避けられている。こう何度も続くと流石に気付く。こちらに覚えがない以上、どうすればいいのかわからない。向こうからの行動を待つしかなかった。 「……紅蓮さまを悪く思わないでくれ」 「えっ?」 「いずれ必ず話す。だから、まだ少し待ってほしい」 避けられるようになって紅蓮を悪く思ったことはない。こちらに非があるのかもしれないと少し考えたくらい。紅蓮が行動してくれるまで待つつもりでいた。 灰流は紅蓮が美雨を避ける理由を知っている。そしてそれは言いにくいことなのだろう。どんな話なのか全く見当もつかないが、灰流のタイミングで話してくれればいい。 「それはいいんだけど……これ、このピアスについて教えて!」 巾着から携帯電話を取り出してストラップとしてぶら下がっているピアスを灰流に見せた。ずっと気になっていた。けど怖くて聞けずにいた。このピアスの持ち主はこっちの世界の人かもしれない、灰流の親しい人だったら、と考えてしまって聞けなかった。 震えそうになる手をどうにか抑えて恐る恐る灰流を見上げる。彼は首を傾げて不思議そうにピアスを見ていた。 「明には見せなかったのか?」 「へ? 明さん??」 「それとよく似たピアスを明が持っていた気がするんだが……」 このピアスの本当の持ち主は明なのだろうか。いや、でも年齢的に無理があるんじゃないだろうか。美雨が生まれる20年も前の話なのに。 明日にでも明に会えたら聞いてみようかな。 美雨は掲げていた腕を下ろして携帯電話を巾着にしまった。 「そろそろ帰るか? まだ見て回りたいところはあるか?」 「あれ? ……灰流さんの行きたいところは?」 「…………特にない」 少し迷ってからあっさり言いやがった。 結局、お祭りを楽しんだのは美雨だけじゃないのか。灰流は楽しかったのだろうか。少し不安に思いながらも、美雨も特に行きたいところはないので帰ることにした。 |