18日目 昨日、空が青かったのは幻覚だったのかと疑いたくなるほど紫の雲が空を埋め尽くしていた。本当に1日しか持たなかった。 今日はお祭り二日目。白雪と久遠が行くので薬園はミケと二人で作業だ。 「はい。お弁当です」 「ありがとう、いってきます!」 「いってらっしゃいませ」 魅麗からお弁当を受け取って美雨は部屋を出た。 * * * 普段から着物を纏っている白雪は浴衣になったところで動きづらいなどと思うことはない。だが、祭りは初めてでこんなにも混雑しているなんて知らなかった。しかも見たことのない出店ばかりで気になってつい足を止めてしまう。どんっと向かい側から歩いてきた妖怪にぶつかられて白雪はよろめいた。突っ立っていた自分が悪いのだが、白雪はぶつかってきた妖怪の後ろ姿を睨み付けた。 「白雪、大丈夫?」 「ありがとうございます。大丈夫ですわ」 「ほら」 久遠に手を差し出されて、何を要求されているのか察することができなかった白雪は戸惑った。そんな白雪に久遠は微笑んで「手、繋ごうぜ」と白雪の手を拾う。緩く握られた手が離れてしまわないように白雪は強く握り返した。 「わたあめ食おうぜ」 「? なんです?」 「あれ、知らない?」 「ええ」 「じゃ、楽しみにしといて」 久遠に連れていかれるままに出店を回って、わたあめ、リンゴ飴、チョコバナナ、カステラ、と甘い食べ物ばかりが続いた。久遠は生クリームさえなければ大抵の甘いものは食べることができる。それでも少食なのでもう満腹らしい。屋台が並ぶ通路から少し離れた場所にあるベンチに白雪と久遠はそれぞれ飲み物を片手に腰かけた。 「久遠様、今日はありがとうございました」 「こちらこそ。誘ってくれてありがとー」 遠くから歌姫の歌が聞こえる。白雪は既に炭酸が抜けているレモンソーダの入った紙コップを両手で潰れない程度に握る。 常に紫の雲が浮かんでいる冥界は昼間は薄暗く夜は真っ暗闇なのだ。祭りの間はぼんぼりがそこら中に吊るしてあるからそこまで暗くはない。 「晩御飯、何食べたい?」 「久遠様がお作りになるのですか?」 「祭でみんな出払ってるし、やることねぇし……暇だから」 何故か最後をつまらなそうに言った。城に妖怪がいないから弄る相手がいないのだろう。それは暇そうだ。白雪は納得した。 何が食べたいか。白雪は特に嫌いな食べ物もなければ好きな食べ物もない。というより食にこだわりがない。つまりなんでもいい。だが、久遠に聞かれたからには答えたい。なるべく手間を掛けずに作れるものをリクエストしたい。 「そういえば、白雪に言わなきゃいけないことがあるんだけど」 晩御飯について必死に考えていた白雪は何を言われるのだろうかと少し不安になる。彼が前置きをつける場合、よくない話であることが多い。「聞いてくれる?」と首を傾げた久遠に白雪はゆっくりと頷く。聞くか聞かないか選択肢をくれた。ますます不安になる。 「――――」 「えっ?」 白雪は久遠に告げられた言葉に頭が真っ白になった。 * * * 本日の薬園での作業を終えた美雨は自室に帰る道中で少し先を歩いている白雪と久遠を見つけた。祭の帰りなのだろう。美雨は追い付こうと早足で進みながら二人の後ろ姿を見ていた。十字路で久遠は左に曲がり、白雪は控えめに手を振りつつ前に進んで、止まった。そして通路の壁に寄り添って崩れるように屈んだ。 「白雪……?」 不思議に思って駆け寄ると彼女は泣いていた。細く薄い肩を震わせて、ポロポロと大粒の涙を零していた。 美雨は白雪の隣に座って何か言うわけでもなくただ傍で白雪が落ち着くのを待つことにした。 * * * 白雪は自分で聞くことを選んだ。だから彼の前では暗い表情も泣くこともしたくない。清楚で上品な白雪でいなくてはならなかった。 十字路で久遠と別れてすぐ色んな感情が涙と共に溢れてきた。まるで張り詰めていた糸が切れたようだった。止められず壁に寄り掛かってずるずると滑り蹲る。 ――あと1ヶ月持つかわからなくて、もういつ死んでもおかしくないんだ。 思い出してまたぼろぼろと涙が溢れてくる。隣に美雨がすとんと座った。泣き止まなくちゃ、と思うのに止まらない。 * * * どのくらいそうしていたのか、床に座っていたから尻が痛い。美雨が体勢を変えようかと思っていると、白雪が顔を上げた。ずずっと鼻を啜る。本当に美人は何をしても崩れない。 「あーーもーーー!」 いきなり大声を出して立ち上がった白雪は赤く腫れてしまっている目元を自身の冷気で冷やしていた。流石雪女、と感心しつつ美雨も立ち上がる。 「あんたの部屋はこっちじゃないでしょ。なんでいるの?」 「ぇえ!? 白雪が心配で……」 「あっそ。大きなお世話よ」 もう泣いてはいないけれど笑ってもいない。白雪は「ふんっ」と美雨に背を向けて早足で去っていく。追いかけるべきか否か悩んだが、追いかけたところで美雨に出来ることなんてないし迷惑かもしれないと思ってやめておいた。 |