百花繚乱 | ナノ

     01.一目惚れグラフィティ


 春。黒薔薇学園中等部に入学する神谷瀬菜。同じく高等部に入学する姉と学生寮に二人暮らしをすることになった。
 不安だらけの新しい生活。瀬菜は持ち前の明るさだけで乗り切れるだろうから、そんなに心配などはしていない。田舎者だと侮られないよう張り切って学校へ向かう。

「おはようございまーす!」
「ん? おはよう」

 黒薔薇学園の制服を纏った男に遭遇し、先輩かもしれないので一応敬語で挨拶した。
 振り返ってこちらを向いた彼は金色の目を細めて微笑む。

「新入生? 入学おめでとう」

 桜の花びらが舞い踊る中、今まで聞いたどんなお祝いの言葉よりも彼の声が胸に響いた。
 この時、瀬菜は彼に恋に落ちた。所謂、一目惚れというやつだった。

「ありがとうございます! あたし、神谷瀬菜っていいます。ぜひ、先輩の名前を教えてください!!」

 歩を進める彼に置いていかれないように隣に並ぶ。
 瀬菜が期待を込めた熱い視線を送っていると彼の手が髪に触れた。いきなりのことに驚いたが、彼の細く綺麗な指に挟まれている桜の花びらを目にして納得した。髪についていたのを取ってくれたのだ。

「2年の森山久遠。よろしく」
「よろしくお願いします、森山先輩!」

 新入生の中で森山久遠にお祝いの言葉をいちばんにもらえたのは自分だと瀬菜は胸を張って言える。なにせ、生徒が学校に行くには早すぎる時間に二人は学校に向かっていたのだから。教室にも一番乗りだった。
 気合い入れて早起きしてよかった。することがなくて予定より30分も早く家を出て本当によかった。

「森山先輩に出会えてよかった」

 うふふ、と一人しかいない教室で瀬菜は緩む頬に手を添えて恍惚に浸っていた。

  * * * 

 あれから9ヶ月が過ぎ、三学期になった。
 瀬菜は変わらず久遠が好きだった。
 この9ヶ月で彼について色々知ることができた。久遠はかなりモテる。しかも、来る者拒まず、去る者追わずなのでコロコロと彼女が変わる。どの子も長続きしないのは、他の久遠を好きな子たちからの陰湿な嫌がらせのせいだ。それに対し、久遠は特になにもしない。彼が大事にしているのは音無樹々という親友で、彼女よりも親友を優先している。
 さて、瀬菜がなりたいのはただの彼女じゃない。愛される彼女である。告白すれば付き合えるだろう。簡単に『彼女』の座は手に入る。ちなみに今、彼はフリーだ。

「森山先輩!」
「……あー、神谷さん」

 忘れられてても気にしない。表立って行動せずにストーカーのように調べていた瀬菜が彼の目にどう映っているのかなんて気にしていない。学期末に一度、委員の仕事で会う後輩という認識だとありがたいなとは思っているけど。ちなみに美化委員である。
 委員会以外で校内で声をかけたのは実はこれが初めてである。ずっと大人しく身を潜めていたのだ。

「あの、お話したいことがありまして……」
「ふぅーん。いいよ」

 細められた金の瞳に瀬菜だけが映る。たったこれだけのことでも卒倒してしまいそうなほどに幸せだ。ずっと見詰め合っていたいけれど、今日の目的はそんなことではない。
 瀬菜は久遠の手を引いて誰もいない教室に連れ込んだ。今日のために入念に調べておいた誰も来ない教室である。少し埃が目立つが細かいことまで気にしていられない。

「あたし、先輩のことが初めて見た時からずっと好きでした」

 目を伏せて、手を胸の前で絡める。緊張で震える手を諫めつつ、落ち着いて言葉を紡いだ。
 彼は今、どんな表情をしているのだろう。驚いている? それとも微笑んでる? 怖くて見れない。
 恐怖心をなんとか抑え込み、心持ち重たい瞼を押し上げる。

「じゃあ、付き合う?」

 埃が飛び散る中で、差し出された手に瀬菜は喜んで飛び付いた。
 神谷瀬菜は森山久遠の彼女の地位を手に入れた。次はこの地位を守りつつ、彼を振り向かせる。誰もなれなかった愛される彼女を目指して邁進するのみである。

   
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