百花繚乱 | ナノ

     16日目


 午前中に薬園で作業をしていたら、白雪に「今日はもうやることないから帰っていいわよ」と美雨は薬園から追い出されてしまった。
 魅麗が作ってくれたお昼の弁当を大事に抱えて城内を歩く。部屋に帰ってひとりで食べるのはなんだか寂しいので誰か誘えないかと思い、地図を片手に歩いていた。

「誰もいない……」

 歩いていると広いラウンジのような場所に着いた。
 昼時だからか誰もおらず、静かだった。
 よく考えてみるとわかるのだが、みんなは食堂にいるのではないだろうか。美雨はそのことに今更気付いて項垂れる。

「なにしてんの?」
「まあ、美雨ちゃん!」

 後ろから声を掛けられて振り返ると久遠と明がいた。
 二人はこれからお昼なのだろうか。二人で?
 久遠は美雨の手にある地図に気付くと「また探検?」と微笑んだ。

「お昼食べる場所を探してて……」
「へぇ」
「あら、じゃあ一緒に食べましょう!」

 明は楽しそうに微笑む。美雨も久遠も異論はないので、ラウンジの窓際の席に三人は座った。美雨は明の隣に座り、明の正面には久遠が座っている。
 席に着いても弁当を広げない明と久遠を不思議に思いながら、美雨も弁当を広げずにいた。食べないのだろうか。
 すると、「遅れてすまない」と聞き覚えのある声がした。

「おつかれー」
「あれ……美雨さん?」
「こ、こんにちは、灰流さん」

 灰流は久遠の隣、つまり美雨の正面に座る。二人は彼を待っていたのか。
 美雨がいることに驚いていた灰流に明は「一緒に食べるの、いいでしょう?」と首を傾げて聞く。

「ああ、構わない」
「ところでさ、なんでさん付けなの?」

 弁当を広げながら久遠が灰流に問う。四人分の紙コップにお茶を注ぎながら明も不思議そうに灰流を見る。
 灰流は割り箸をパキンと切り放すと久遠に渡す。「ありがとー」と言う久遠を横目に自分の分の割り箸も割る。動作が自然すぎて美雨は疑問を抱かなかった。いや、お弁当に意識が向いていて気が付いていなかった。

「なにか問題でもあるのか?」
「……いや、ねぇけどさ」
「はい、お茶。美雨ちゃんは灰流にさん付けされてていいの?」
「ありがとう。呼び方は特に気にしないよ?」

 四人は手を合わせて「いただきます」と声を揃えた。
 美雨が灰流や久遠をさん付けにしているのは年上だからで、彼らが自分をどう呼ぶかは彼らの自由だと思っている。
 「じゃあ呼び捨てで良くね?」と久遠が灰流に提案する。明は「いいと思うわ」と大きく頷く。

「いいのか?」
「えっ、うん。……いいよ」

 急に灰流に問われた美雨はタコさんウィンナーを箸から落とさないよう気を付けながらこくりと頷いた。
 これからは名前を呼び捨てで呼ばれるのかと思うと少し緊張する。

  * * * 

 昼御飯の弁当を食べ終えて「ごちそうさまでした」と四人が言い終えると、明が新しく紙コップを4つ用意する。何故また紙コップ!? と美雨が驚いている間に紅茶が注がれていた。
 そういえば、

「明さんは何日目にお祭りに行くの?」

 美雨が疑問に思ったことをそのまま聞いてみると、三人は驚いたのかアホ面を晒していた。そんな変なことを聞いたつもりはないのに「なに言ってるのコイツ」みたいな顔をされるとは思わなかった。
 久遠は呆れたように「誰も教えてなかったのかよ」と呟いた。

「私は歌姫なの。だから初日の日没から最終日の深夜まで舞台で歌っているわ」
「歌姫?」

 3日間ずっと歌いっぱなしなんてすごいなと感心しながら美雨が首を傾げると、明がなにか言う前に灰流が口を開く。

「明の歌には不思議な力があるんだ」

 灰流の大雑把な説明に明と久遠はあからさまに溜め息を吐いた。美雨は灰流が明を呼び捨てにしていることに驚いた。
 呼び捨て同士、親しそう。
 美雨は無意識に二人を視界から外して紅茶を見詰めていた。

「祭の開催場所が冥界の端っこで」
「海が広がってるの。まぁ、死界なんだけど」

 「あ、死界っていうのはね」と明と久遠が、説明する気のない灰流の代わりに説明してくれた。
 死んだ者の魂が彷徨っているのが死界。魂が形を成したら霊となり、霊が冥界の瘴気に触れると妖怪になる。そして8月13日から15日――つまりお盆の時期は死界から霊が活発に押し寄せてくるのだ。それを止めるのが歌姫である明の役目。彼女の魔歌で霊を鎮めるのがお祭の目的なのだそうだ。
 美雨は説明を聞いて、ぱちぱちと目を瞬く。

「なるほど。なんとなくわかった」
「なんとなく、なんだ……」

 呆れたように久遠がぼそりと呟いた台詞に美雨は少しムッとする。
 なんとなくでもわかったのだからいいじゃないか。

「まぁ、お祭りなのだから楽しめばいいのよ」
「そうそう。ちゃんとエスコートしろよ、パパ」
「誰がパパだ!」

 保護者設定、まだ生きていたのか。
 明が首を傾げているので美雨は説明をしようと思ったのだが、なんと言えばいいのかわからず、結局何も言わなかった。明もそんなに知りたいわけではないらしく、久遠と灰流が繰り広げる謎の会話を傍観していた。

「お前の方こそエスコートできるのか?」
「ん?」
「あの気難しい雪女だぞ?」
「カイルさん、白雪のことをそんな風に思ってんの?」

 久遠は驚いたように目を丸くする。丸い金の瞳に綺麗に映った灰流は「違うのか?」と首を傾げている。
 ミケも言っていたけど白雪ってそんなに気難しいかな?
 少なくとも久遠がそう思っていないことに美雨は安心した。白雪が久遠の前で猫を被っている可能性は捨てきれないが。好きな人に気難しいと思われているなんて嫌だ。少しでも良く思われたいと思うのが恋する乙女の当然の心理なのだから。

  
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