百花繚乱 | ナノ

     13日目


 美雨は薬園でミケと並んで作業をしていた。
 もう慣れたもので雑草を迷いなく引っこ抜いていく。

「ミケくんと魅麗ちゃんって」
「んー?」
「……どういう関係?」

 昨日から気になっていたことを思い切って聞いてみた。
 お祭りに一緒に行く間柄、猫の妖怪同士だし親族とかかなと思っていた。

「関係? 恋人やでー」

 あからさまに驚いた表情を晒した美雨に「どういう意味で驚いてるん?」とミケはケラケラ笑う。
 ミケと魅麗が恋人?
 女王様とその下僕みたいな関係を期待したわけではないけれど、期待を裏切られた気分になった。

  * * *

 大きな祭りの前のせいか、どこか浮き足立っている城内の廊下を白雪は早足で進む。冥王からの報せが確かならば今日、久遠が冥界に着くのだ。祭りの主役である歌姫を連れて。

「ねぇ、灰流様ぁ〜」

 自然と頬が緩んでいた白雪は数歩先に見えた光景に眉をしかめた。
 ひどく肌を露出したふしだらな女が灰流に言い寄っている。おそらく祭りに誘っているのだろう。灰流は顔がいいから割と人気が高かった。白雪には顔しか良く思えないのだけれど、美形と並んで歩きたいと思う女心はわからなくもない。しかし面白くない。
 すたすたと歩いていき、灰流の服の袖を慎ましく控え目に掴んだ。

「……灰流」
「? どうした?」

 せっかく普段なら絶対に呼んでやらない名前で呼んでやったのに灰流は振り向き、白雪を不思議そうに見るだけだった。名前を呼べよ。心の中で毒を吐きつつ、ふしだらな女を見て呆気にとられた。灰流に追い払えない妖怪がどんなものかと思えば、

「なんだ、雑魚じゃない」
「なっ!?」

 拍子抜けだわ。
 馬鹿にされて怒ったらしい女に格の違いを思い知らせるために少しだけ妖気を当ててやる。すると女は敵わないとやっと理解したのか慌てて走り去って行った。そこでふと気付いた。灰流から妖気を微かにしか感じない。

「まさか、あんた……」
「すまない。助かった」

 妖気を抑えてやがる。
 白雪は呆れて何も言えなかった。理由は多分、いや、絶対に美雨が関係している。妖気を拡散する指輪をしていても不安なのか。確かに指輪を作った魔王のことは白雪だって信用していない。けれど、久遠は信頼している。きっと灰流には魔王も久遠も信用できる人物ではないのだろう。白雪は少し腑に落ちない。

「本人が言っていたが、さくらは祭りに行かないらしいな」
「まだそんなこと言ってるのね、あの子……」
「久遠は祭りを楽しみにしているのにどうするんだろうか?」

 灰流の言葉に白雪は驚き、彼を見上げる。
 白雪の視線に気付いてか灰流は話してくれた。

「久遠が祖父に連れられて初めて冥界に来た理由が祭りだったんだ」

 それ以来、祖父が亡くなってからも毎年参加していて、何故か一昨年は不参加だったらしい。
 さくらのわがままに付き合っているのだと白雪は思っていた。だから久遠にはさくら以外の誰かと祭りに行くくらいなら休んでほしいと思っていたのに。

「久遠様はお一人でも行くの?」
「さくらが来るまでは一人だったんじゃないか?」
「そう」

 白雪は笑った。
 一人で行かせるくらいなら自分が一緒に行きたい。さくらがいようがいまいが関係ないのなら、迷いもない。譲ってくれるというのなら遠慮はしない。

「あ、さくら……と、久遠」
「まあ! ちょうどいいところに」
「えっ」

 十字路の真ん中にさくら、向こうに久遠がいた。さくらは左に向かっているようで久遠にもこちらにも気付いていないようだ。久遠はまっすぐこちらに向かっているのでさくらに気付いている。
 白雪は駆け出した。

  * * *

 薬園での作業を終え、衝撃事実を知った美雨は衝撃事実を知らせたミケと廊下を並んで歩いていた。
 前方から見知った少女が歩いていて、その後ろには走っている少年がいた。

「お、青春やなぁ」
「青春?」

 さくら目掛けて走る紅蓮を見てミケがしみじみと言った。
 美雨とミケに気付いたらしいさくらは何故か立ち止まって大きく手を振っている。場所はちょうど十字路の真ん中だ。

「さくら!」
「紅蓮さま? どうしたんですか?」

 紅蓮がさくらに追い付くと同時に、左から久遠、右からは白雪が現れた。走ってきた白雪の後ろには灰流もいた。
 ミケが「おお、修羅場か」と愉しそうに呟いている。

「お祭り、行かないってほんとうか?」
「えっ」

 さくらはゆっくりと久遠を見上げた。その表情には困惑と少しの怯えが見てとれた。久遠は薄い笑みのままさくらを見下ろしている。
 さくらの方を見ていた紅蓮が美雨に気付き、はっとしたように踵を返して走り出そうとしたが久遠に後ろ襟を捕まれて失敗に終わる。

「く、黒猫にはカンケーないだろ! 放せよ!」
「放したら逃げるだろ」
「わ、私は――」
「久遠様! わたくしとお祭りに行ってくださいませんか?」

 さくらの台詞を遮って白雪が久遠を祭りに誘った。美雨とさくらは驚いて白雪を見ていたが、白雪は真っ直ぐに久遠を見詰めている。
 昨日は頑なに断っていたのにいったいどういう心境の変化が起こったのだろうか。

「いいよ」

 久遠の返事に白雪は「ありがとうございます!」と本当に嬉しそうに笑った。雪が舞うような儚さと美しさを持つ綺麗な笑みに思わず美雨は見惚れてしまう。さくらも嬉しそうにはしゃいでいる。それを横目に久遠は紅蓮の背中を押した。

「さ、さくらっ」
「はい」
「……お、おれさまが祭りに連れてってやってもいいぜ」

 なんという上から目線の誘い方。
 さくらは不思議そうに首を傾げている。どうやら伝わらなかったらしい。
 紅蓮はどうしたらいいのかわからず視線をそわそわと彷徨わせてから後ろにいる久遠を見上げた。視線を受けた久遠はさくらの後ろにいる白雪に目配せすると、白雪は愉しそうにさくらに耳打ちした。

「紅蓮さま!」
「は、はい」
「ぜひ、ご一緒させてください!」

 紅蓮は嬉しそうに「おう! 任せろ!」と言った。さくらも嬉しそうに笑っている。
 二人を見ていたはずの久遠と白雪が何故か美雨を見ていた。隣にいたミケは「次は美雨ちゃんの番やなー」と愉しそうに言う。

「そういえば、わたくしは久遠様に挨拶に参りましたの」
「あ、そーなの? 久し振り! よし、帰るか」
「ええ、お久しぶりですわ。帰りましょう」

 すごくてきとうなやり取りをした二人はそそくさと右に消えていった。
 さくらはポカンと二人を見ていたが何かに気付いたのかぱっと紅蓮に向き直る。

「紅蓮さまはどちらに向かわれるのですか?」
「えっ、おれはさくらを探してただけだから……」
「そうなのですか」
「ほんならボクが送りますよー」

 ミケと紅蓮は前方に、さくらは後方に進む。さくらは振り返って「お祭り楽しみにしてます!」と紅蓮に大きく手を振る。紅蓮は照れているのか小さく手を振り返していた。その時、ミケは口パクで美雨に「がんばれ」と言っていた。

「…………」

 わざとらしく美雨と灰流を残して見事にはけやがった。
 感謝すべきなのだろうか。いや、この気まずささえなければ喜んで感謝しただろう。この流れで誘ってもし断られたら美雨はもう絶対に立ち直れない。

「なんだったんだ?」

 しかも灰流は状況を理解していない。これはチャンスなのか、否か。しかし、ここで誘わなかったらあとでなんと言われるかがすごく怖い。特に白雪。
 一か八か当たって砕けてしまえ!

「あの、灰流さん!」
「ん?」
「……お、お祭り、行きたいな……い、い、一緒に」

 今、たぶん顔真っ赤だ。頬が熱い。ふわふわぐるぐるしている。俯いたまま顔が上げられない。ちゃんと伝わったのだろうか。ストレートに言ったつもりだが、なんて言ったかなんてもう覚えていない。

「ああ。わかった」
「ほんと!?」

 ばっと顔を上げたら、少し顔の赤い灰流と目が合った。
 え、なにこれ……かわいい。
 そしてなにより嬉しい。よかった。
 お祭り、楽しみだなぁ。

  
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