12日目 「ぅおっ!?」 今日は薬園の作業ではなく図書室で本の片付けを手伝っていた美雨は本を数冊抱えていたせいか何もない所でスッ転んだ。びたん、と痛そうな音のあとに本がバサバサと落ちる音が部屋中に響く。 「美雨ちゃん! 大丈夫ですか?」 「地味に、痛い……」 奥の方で本の埃を叩いていたさくらが心配そうに駆け寄ってきてくれた。さくらは美雨の上や近くに散らばっている本を丁寧かつ迅速に机に運んで美雨を起こす。 廊下みたいなツルツルの冷たい床じゃないのでそんなに痛くはなかった。しかし、カーペットは摩擦が痛い。 「……なにしてんの?」 「あ、雪ちゃん!」 「どうしよう! 白雪ー、膝擦ったー!」 タイミングがいいのか悪いのか、資料として使った本を返しに来た白雪は床に座り込んでいる二人を訝しげに見下ろしていた。 美雨が赤くなっている膝を見せると、白雪は患部に手をかざす。白雪の行動に驚いて動けないでいると膝がひんやりとした。 「雪ちゃん、なんでも冷やせばいいわけじゃないですよ」 「マシにはなればいいのよ。心配ならカダに診てもらいなさい」 「あ……ありがとう」 今日は作業着ではない白雪の着物姿は儚げで綺麗だ。改めて雪女なのだと気付かされる。隣で心配してくれる桜色の髪の少女だって人間じゃない。同じように灰流も―― 「さっさと片付けなさいよ」 「はーい」 「……あ、ごめんね、さくらちゃん。わたしは大丈夫だから」 「雪ちゃんに相談ですか?」 私は聞きませんから存分に悩みを解決してください、とさくらは微笑む。それに美雨だけでなく白雪も驚いていた。 意外と鋭い小さな少女はふわりとワンピースを翻しながら奥の方へ駆けていった。別に聞いても構わないのに。 * * * 本を片付けながら美雨は白雪に昨日あったこととさっき思ったことを話した。すると白雪は手を止め、首を傾げた。しん、と雪のような髪が肩を滑る。思わず見惚れてしまう。 「銀孤は『送るくらいの時間はある』って言ったの?」 「うん」 「このクソ忙しい時期に……?」 「え? なにかあるの?」 「大きなお祭りがあるのよ」 白雪は参加したことがないので詳しくは知らないらしい。 此処にきて日は浅いがいつもよりどことなく城内が慌ただしいことに美雨は今更ながら気が付いた。例えるならば、学園祭を控えた学生たちのような雰囲気だろうか。やらねばならないことの一部に行事の準備をする感じ。 白雪は愉しそうに笑う。 「よかったじゃない。銀孤を祭りに誘ってみたら?」 「わ、わたしが?」 「他に誰がいるのよ」 呆れたように言う白雪はどうなのだろう。参加したことがないらしいが久遠を誘うのだろうか。 本を片付け終えた白雪は机の上に座る。どうやらまだ話し相手をしてくれるらしい。 「白雪は? 久遠さんを誘わないの?」 「久遠様はあのさくらもちと一緒なのよ。わたくしが誘ったとしても断られるわ」 「(桜餅?)」 「……それに久遠様には」 白雪が小さく何か言いかけた時、バサバサと大量の紙が落ちる音がした。音の方を見るとさくらがいて、彼女は「ごめんなさい」と慌てて散らばった紙を拾う。美雨と白雪も手伝った。 「あの……雪ちゃんは久遠さんとお祭りに行きたいのですか?」 「聞いてたの?」 散らかしてしまった紙をまとめ終えてからさくらは俯きつつ白雪に訊ねた。白雪は溜め息を吐いた。 さくらは顔を上げ、白雪を見上げると早口で喋り出した。 「久遠さんは断らないと思います! 私は行きませんから雪ちゃんと美雨ちゃんは楽しんでください!」 「は?」 「え?」 「ちゃんと久遠さんに行かないことを言っておきますから雪ちゃんが誘って、それで二人でっ」 さくらはそこまで一気に言うとぽろぽろと涙を溢した。何故、泣き出したのかわからない美雨は普通に驚いた。とりあえず落ち着かせようと思い、さくらの背中を撫でる。白雪の顔を窺うと、呆れていた。 「私、雪ちゃんの気持ち知らなくて……ごめんなさい」 「あんたが祭りに行かなくてもわたくしは久遠様を誘うつもりなんてないわよ」 「な、なんでですか?」 白雪の発言には美雨も驚いた。 人に誘えと言っといて自分は誘わないなんて不公平じゃないか。 二人の視線を受ける白雪は答える気はないらしい。 「私が久遠さんに頼んでも?」 「断るわよ」 「…………」 「あんたは久遠様とお祭りに行くのよ。いいわね?」 白雪はさくらの頭をぽんぽんと言い聞かすように撫でてから、背を向けて図書室を出て行った。美雨に一瞥もくれることなく。 「……あ、美雨ちゃんはお祭りに行くんですよね?」 「え、あー、どうしよう」 「行かないんですか?」 意外だといわんばかりの切り返しに言葉が詰まる。 行きたいかと聞かれると行きたくない。なにせ、冥界で行われる大きなお祭りということは知らない妖怪だらけなのではないか。それに城門の外に行くのは少し怖いのだ。 さくらには「考えておく」と曖昧に返事をしておいた。 * * * 夜。 のんびりと食後の紅茶を飲んでいると魅麗は思い出したかのように話し出した。 「今月の13日から三日間、お祭りがあるのですが美雨さまはどうされますか?」 「灰流さまと行きますか?」とさらりと言われ、美雨は思わず紅茶を噴き溢す。白雪だけでなく魅麗までもが灰流の名を出すとは思わなかった。 魅麗は驚きつつテーブルを拭く。 「大丈夫ですか?」 「ご、ごめん。びっくりして……」 「?」 魅麗は首を傾げた。 何で美雨がびっくりしたのかがわからないらしい。 「それより、魅麗ちゃんは? 行くの?」 「あ、はい! ミケさまを連れ回すつもりです!」 興味本意で聞いてみれば素敵な笑顔で凄い答えを戴いてしまった。 美雨が溢してしまった紅茶を吸った布巾を洗いに魅麗は洗面所に向かう。 連れ回すって……どういうこと? しかもとても嬉しそうに言っていた。なんだか魅麗が只者じゃないような気がしてきた美雨だった。 |