陸 昨日の長い夢から覚めた11月1日の朝。 悪夢街のみんなに相談したかったけどハロウィンパーティーが盛り上がっていて話せないまま終わってしまった。 寝ぼけながら朝食のパンをかじる。 「来夢ちゃん、早く食べないと今日も遅れるわよ」 「うん」 来夢の朝は遅い。 教室には始業時間の数分前に着くのが当たり前で、始業10分前に着く日は一年に3回あればいい方だった。しかし朝に遅刻はしたことはない。 祖母の声に生返事を返しながらぼんやりと昨日の話を思い出す。 「(あ、森山くんに聞かないといけないんだった)」 能力のことを。他人の命を削らせてまで此処にいたいとは思わない。誰にも迷惑のかからない選択をしたいのに、悪夢街を選べばきっとジャックに迷惑をかけるから選びたくないのに、選択肢は二つしかない。 * * * お昼休み。 移動教室からの帰りに久遠のクラスである5組を覗いてみた。他のクラスってなんか雰囲気が違って感じるから堂々と入れない。開けっ放しにされたドアの端から邪魔にならないように久遠を探す。 「あれ? 来夢じゃん。うちのクラスに用?」 「茉昼ちゃん!」 そんな来夢に声を掛けてくれたのは去年同じクラスで仲良くしてくれた暁茉昼だった。クラスが離れた今でも親しくしてくれる彼女は購買帰りらしい。 来夢が持っている教科書に目を向け「誰かに借りたの?返しておこうか?」と優しく微笑む。 「ううん。そういうんじゃなくて、森山くんを探してて」 「そーなの? あいつなら音無に弁当届けに行ったんじゃない?」 「あ……。そうだった」 失念していた。久遠は音無樹々のお弁当を作っている。だから毎日お昼に樹々がいる2組までお弁当を届けに来るのだ。 真っ直ぐ2組に帰っていればわざわざ遠回りをして5組に行かずとも会えただろうに。 「ありがとう、茉昼ちゃん」 「いえいえ」 手を振る茉昼に手を振り返しながら急いで2組に向かう。お弁当を届けたら久遠は樹々と一緒に教室ではない何処か別の場所で食べることが多い。それが何処なのか来夢は知らない。 * * * 2組の教室にはあさぎと樹々がいたけど久遠は見当たらなかった。しかし樹々の机の上にはお弁当がある。 来夢は不思議に思いながら二人に近付いた。 「あ、来夢」 「……森山くんは?」 来夢に気付いたあさぎに聞いてみると彼女は目を丸くしてから呆れたように笑う。 「あんたも探してんの?」 「久遠は自分の弁当作ってないから食堂だってさー」 どうやら久遠も来夢を探していたらしい。なんという入れ違い。 樹々の弁当は作ったのに自分の分は作らなかったのか。 でも食堂なら二人きりで話せるかもしれない。 「私も食堂で食べてくる! だから二人で食べて」 食べずに待っててくれた二人には悪いと思いつつ、自分の机から鞄をひったくり急いで教室を出て行った。ちなみに来夢はお弁当である。 * * * 来夢が慌ただしく出て行ったあと。 教室に残された二人は互いに顔を見合わせた。 「青春かねぇ?」 「あの二人が!? なんかショックだ」 「……それってどっちに妬いてるの?」 「え」 「ん?」 あさぎの素朴な疑問に樹々は驚いて彼女を見る。 以前にも別の人にだが、久遠と来夢のどちらに妬いているのかと聞かれたことがある。樹々の心境はとても複雑だった。 * * * 食堂に行くと久遠をすぐに見付けることが出来た。彼は窓際の席でぼんやり外を見ていた。 そっと近付いて冗談混じりに「相席いいかな?」と声を掛けてみる。 「どうぞ」 「ありがとう」 許可をもらって気兼ねなく座る。 食堂でお弁当を食べるのは少し気が引けるが仕方ない。鞄からお弁当を取り出して広げた。 「ジャックから聞いたんだけど……能力を使うと命を削るってホント?」 「おう」 なけなしの勇気を振り絞って聞いてみればあっさりと肯定されてしまった。少しだけ否定を期待していたのだけれど。 「命、というより生命力? 魔法を使うのに魔力がいるように、俺は能力を使うために生命力を消費してんの」 「そうなんだ……」 お弁当を箸でつつきながら来夢は小さく息を吐く。 淡々とした久遠の説明は魔法も能力も使わない来夢には縁遠くてわからない。 「そんな暗い顔しなくても今日明日死ぬわけじゃねぇし、気にしなくていいよ」 だが、確実に寿命を縮めているのだ。 何でもないことのように久遠は言うが気にせずにはいられなかった。 |