伍 右手は1を左手は2を指で表す久遠。提示された選択肢はいいものではないということがリュウの表情を見ればわかる。 なんてわかりやすい魔王様。 「記憶を消すってどうやって?」 来夢は選択肢の内容を詳しく知るために聞いてみた。 魔王なら魔法だろうか。そんな魔法があるのだろうか。と考えていると全く別の答えを久遠に教えられる。 「俺の能力を使って消すよ」 「森山くんの?」 「そう、森山家は彩の家系ってことくらいは知ってるだろ?」 来夢はこくりと頷く。 彩の家系のうち、森山家は様々な能力を有する家だと聞かされている。詳しいことは知らないが久遠には記憶を操作する能力があるのだろう。その能力を使って来夢から悪夢街の記憶を抜き取れば来夢は悪夢街に来ることがなくなり、悪夢街の住人は救えるというわけだ。 「悪夢街の住人になるっていうのは?」 次いで二つ目の選択肢についても聞いてみた。 久遠の視線がジャックに向かったのでそれを追うように来夢もジャックに視線を向ける。 「……私と同じ状態になるということです」 「ジャックと?」 どういうことだろうか。 そもそもジャックがどういう状態にあるのかを知らない。 久遠に視線を向けるも「ジャックに聞け」と言わんばかりの素敵な笑顔を返された。リュウも我関せずとこちらに目もくれず優雅に紅茶を啜っていた。 「私と同じ状態になれば貴女は悪夢街から出られますが魔界からは出られません」 それはつまり……。 ずっと手に持っていたストラップに視線を落とす。 「夢から覚めた先の人たちには会えなくなります」 あさぎや祖母と会えなくなる。 会うためには魔界まで来てもらわねばならない。平凡なる一般人は滅多なことでもない限り魔界には来ない。来夢だって今日初めて来たのだ。 「まぁ、ゆっくり考えて明後日までに答えを聞かせてくれるかい?」 「……はい」 リュウは来夢の返事を聞くと立ち上がり久遠を連れて部屋を出て行った。 * * * 優しそうな微笑みと共に告げられた猶予期間。それまでにどちらかに別れを告げなければならない。悪夢街の住人は今日しか会えないのに。 「お嬢さん、私は悪夢街に帰りますがどうしますか?」 「え?」 「一人で考える方がいいですか?」 ジャックは暗にみんなで考えてもいいのだと教えてくれている。 最終的な決断をするのは来夢だけれど色んな意見を聞いて考えた方がいいだろう。 「ううん。私も行く! みんなに相談したい」 悪夢街を、みんなを、危険に晒してしまっていたこともちゃんと謝りたい。 ジャックが差し伸べてくれた手に自らの手を重ねる。 「では、参りましょう」 「うん!」 立った拍子にジャックに抱き付けば、優しく頭を撫でてくれる。嬉しくて彼の胸に顔を埋めて強く抱き締めた。 甘えれば甘やかしてくれる大好きな人。忘れたくない。でも、これ以上わがままは言えない。 * * * 魔王城を出て悪夢街に向かう道中。 ジャックと手を繋ぎ、並んで歩いていると彼は思い出したかのように言う。 「そういえば、久遠殿の能力は命を削っていると聞いたのですが……」 それは衝撃的すぎて来夢の思考は一時停止した。 いのち……? 久遠は選択肢1で来夢の記憶を消すと言った。そんなことは聞いていない。 「……明日、聞いてみる……」 「いえ、あの、命といってもすぐにどうとかいうわけではないと思いますよ」 「それでもだめだよ!」 自分なんかのために誰かが負荷を負うようなことを来夢は最も嫌っている。 さっきまでの来夢が選ぼうとしていたのは記憶を消す方だったのに、今は揺らいでいる。 * * * そんな二人のやり取りを指輪から聞いていた約二名。 「何で俺のこと言うかなー」 「盗み聞きとは趣味が悪い」 「いやいや、あんたも聞いてるじゃん」 久遠とリュウは魔王城の最上階にある魔王の私室でだらだらしていた。盗み聞きをするほどに暇なのである。 「けどま、俺を理由に二人が幸せになるならいいかもね」 「ほう……。久遠からそんな台詞が聞けるとは」 「何? 殴られたいの?」 「どうしてそう殴る方にいくんだ!?」 そんなに殴りたい顔をしているのか、久遠はなにかにつけてリュウを殴りたがる。強いて言うならリュウの発言が失礼なだけだということに二人とも気付いていない。 実に暇そうな二人であった。 |