弐 来夢は毎年10月31日の夜に不思議な夢を見る。 今年で8回目となる夢の住人との逢瀬を楽しみにしていた。 * * * 朝、2年2組の教室に入ると青柳あさぎの抱擁を受けた。毎朝恒例の出来事なのでクラスメートにはもはや驚く者などいない。 「おはよー! らいむたーん」 「おはよう、あさぎ」 幼馴染みのあさぎは今年の春に母親を失って以来、なにか吹っ切れたのか急に可愛くなった。 親友の変化を嬉しく思う反面で彼女の支えにすらなれていなかったことを思い知らされた。近くにいたのに何も知らなかった。気付けなかった。それを寂しいと思うのは我儘だろうか。 「来夢」 「なに?」 自分の席に着き、鞄から教材を取り出していると、いつもは抱擁だけなのに何故かあさぎは来夢の前の人の椅子に座っている。 不思議に思いながら言葉を待った。 「お誕生日おめでとう」 「……え? ありがとう」 言葉と共に差し出されたのは可愛らしくラッピングされた小さな紙袋だった。 開けていいか、聞くと「気に入らなかったら捨てていいから」と可愛くない返事を頂いた。プレゼントを捨てるような人間だと思われていたとは心外である。 「あと、これは匿名希望さんから」 「……?」 「なんか『夜身に付けて眠ってほしい』って言ってた」 「え、なにそれ怖いっ!」 渡されたのはリングピロー。中身は指輪である。深紅の石が嵌め込まれただけの質素なシルバーリング。 これをはめて寝ないといけないのか。 匿名希望って誰なんだろう……。 * * * その夜。 ベッドに寝転がりながら匿名希望から貰った指輪を指にはめてみると、来夢の薬指にぴったりのサイズでますます怖くなった。 しかし、あさぎ経由で渡されたのだから匿名希望とはあさぎにある程度信用されている人物なのだろう。 「……あさぎを信じるよ」 今朝、誕生日プレゼントとしてあさぎがくれたウサギのストラップを手に目を閉じた。 一分と経たない間に来夢は夢の世界へ旅立った。 * * * ふわふわとした浮遊感から地に足を着けた感覚への変化を確かめてから目を開ける。 一年ぶりの悪夢街だ。 広場の中央から周りをぐるりと見渡して違和感に気付いた。 「暗い……?」 いつもならジャックの提灯が街を橙色に照らしていたのに、今は心許ない月明かりしかない。ジャックに何かあったのだろうか。 来夢が不安に思っているとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。 「らいむさぁあん!」 「ピーター?」 ほうきに跨がり飛んできたのは魔法使いのピーターだった。彼の後ろからは狼男のウルフとその背に優雅に座っているサタンがこちらに向かっている。 来夢は三人が此処まで来るのを待った。へたに進むとぶつかりかねないから。 「らいむさん、たいへんなんだ! ジャックが」 「こら! 魔法使いの分際で我より先に行くとは何事だ!」 「わあーん、サタンさまがぶったー」 一足先に着いたピーターが何か伝えようとすると追い付いたサタンに怒られていた。 そんなことより来夢はピーターが言いかけた言葉が気になって騒がしい二人をそのままにウルフに視線を向ける。 「ジャックは?」 「それが……ライムが悪夢街に行き来していることが魔王様にバレたらしくて」 「およびだしをくらっちゃったんだよー!」 ほんの一瞬サタンが悔しそうに顔をしかめたのだが塀の上に佇む黒猫以外は誰もそれには気付かなかった。 ウルフとピーターの説明は悪夢街しか知らない来夢にはよくわからなかった。特に魔王とか。わかったのは自分のせいだということ。 「……一人で行ったの?」 「ジャックしかこの街から出られないからな」 「そう、なんだ」 悪夢街を治めているのはサタンだが、実質上のリーダーはジャックだった。ジャックしか外に出られない。 この街の住人ではない来夢はどうなのだろうか。ジャックを追いかけたい。 来夢がどうすべきか考えているとどこからか声が聞こえてきた。 『ジャックに会いたいか?』 声の発信源は指輪だった。 |