10日目 美雨が冥界に来てやっと二桁の日数が経った。 随分と此処の生活にも慣れた。妖怪だらけということを除けば、特に変わった生活ではないから馴染めないことなどなかったのだ。 美雨はワンピースに着替えるためにクローゼットを開けて思い出した。そういえば……。 * * * 本日の薬園での仕事を終え、白雪と雑談しながら城内を歩いていると前方に見知った妖怪がいた。鮮やかな赤い髪が特徴の少年。 「あ、紅蓮くん」 紅蓮はこちらに気付くと一瞬青ざめ、すぐに背を向けて走り去ってしまった。今のはひどく傷付く。何かした覚えはないのに、避けられた。 白雪は首を傾げていた。 「……変ね」 「え?」 「紅蓮様が城内を歩いてるなんておかしいでしょ」 紅蓮は城内を自由に散策出来る立場ではない。だからこそ、前に騒動になっていたのだ。それに紅蓮は無断で出歩く際はバレないように必ず自身の周りに小さく結界を張る。あんなに堂々と一人で城内を歩いているのは不思議なことなのだが、美雨がそんなことを知るはずもない。 「(だから逃げたのかな?別に告げ口なんてしないのに……)」 この広い城でばったり出会えるなんてそうそうない。再会を喜ぶ間もなく逃げられてしまった。 * * * あのあと白雪は美雨に薬園の鍵を任せて何処かに行ってしまった。 医務室にはつなぎ姿ではなく白衣を纏ったミケがいた。 「お、美雨ちゃーん! あれ? 白雪姫は一緒やないん?」 「うん。なんか途中でどっか行っちゃった」 「そないにボクと会いたなかったんやろか……?」 しゅんと項垂れるミケにそんなことないよと慰めるべきだろうか。白雪はミケにだけ素で接しているようだし。いや、ミケが彼女を怒らせているだけなのかもしれない。でも多分嫌ってはいないと思う。 どうしようかと迷っている間にミケは可笑しそうに笑っている。 「美雨ちゃんはかわええなあ。あ、灰流さん」 医務室の奥から出てきた灰流に美雨は何故か緊張していた。 恋心を自覚して初めて会うのだ。しかも前回は逃げ出してしまっている。謝るべきなのだろうか。 「あの、この前はごめんなさい」 「この前?」 灰流のことだから気にしてないんだろうなとは思っていた。彼は細かいことに固執するタイプではないから。簡単に表すと大雑把なのである。 「ほら、おでこの時のことっすよ! たぶん!」 「おでこ……ああ。謝るようなことをしたのか?」 首を傾げる灰流にミケが身振り手振り付きで教えると灰流の狐耳がピンと立った。あ、すごい……可愛い。 しかし、何故謝られたかまではわからないらしい。心配を蔑ろにしてしまったから謝ったのだけど、それはミケにもわからなかったみたいで困ったように美雨を見る。 「……心配してくれたのに、驚いて逃げちゃったから」 出来ればあの時のことは思い出したくない美雨は俯いて小声で説明する。 灰流とミケの表情はわからないがなんとなく呆れられている気がした。 はあ、とあからさまな灰流の溜め息に美雨は大袈裟に肩を揺らす。 「別に気にしていない。こちらこそ不用意に触れて悪かった」 「……え」 「これからは気を付ける」 それってつまりこれからは触れないようにするということだろうか。そういうことじゃないのに。 美雨は自分から灰流を遠ざけたことに気付いたがどうすることも出来なかった。 「それで、確か美雨ちゃんは灰流さんに用があるねんやんなあ?」 「あ、うん」 ミケに言われてはっとする。 そうなのだ。灰流を呼んでもらったのは頼みたいことがあるから。謝罪なんて会うまで忘れていたことで目的でもなんでもない。言わなきゃよかったかな。 「灰流さんに連れて行ってほしい場所があるの!」 * * * 今朝、クローゼットを開けて一目散に目に入った制服。美雨がこの世界に持ってきた異世界のもの。 「着いたぞ」 「……草、育ってない?」 「夏だからな」 美雨の歩幅に合わせていたら日が暮れるという理由で灰流にお姫様抱っこをしてもらいながら物凄い速さで此処まで来た。 1日目に美雨が倒れていた場所に。 以前より成長している草を掻き分けて眼を凝らして探す。冥界って植物が育たないんじゃなかったのか……。 「探し物か?」 「うん。 制服のポケットに入れてたんだけど、もしかしたら一緒にこっちに来てないかなぁって」 灰流は無言で草を掻き分ける。手伝ってくれるらしい。どんな形状か教えてないけど大丈夫だろうか。まあ、何か見付けたら知らせてくれるだろう。 そんなことを考えながら探しているとキラリと光る何かを見付た。見失わないうちに掴もうと手を伸ばす。が、 「っ!!」 「美雨さん!?」 草に足を取られ転んだ。近くで草を掻き分けていた灰流はいきなり草の中に消えた美雨に驚いたようだ。 「いったー! もう!」 「大丈夫か?」 「うん。それより……あったよ!」 うつ伏せに転がりながも手にしっかりと掴んでいた。それを掲げて灰流に見せるが彼は不思議そうに首を傾げた。冥界に携帯電話はないのか。確か久遠は持っていたからこの世界にはあるはずなのだ。 「携帯電話、知らない?」 「……久遠が持ってる便利な連絡機器か?」 そういう認識なんだ。 灰流が差し伸べてくれた手に甘えて立ち上がる。 ワンピースが汚れてしまった。 携帯電話が生きているか確認するために電源ボタンを長押ししてしばらくすると『充電してください!』の文字。ちゃんと生きてた。よかった。ストラップとして付けていたピアスも無事だった。本当によかった。 「それは……!」 「え」 「いや、なんでもない。もう用は済んだか?」 「うん、ありがとう」 一瞬だが灰流はピアスを見て驚いていた。 知っているのだろうか。このピアスの本当の持ち主を、もう片方の在処を。ちゃんと聞いた方がいいのだろうか。 ほんの少しの恐怖が美雨に聞く勇気を与えなかった。 「帰るぞ?」 「あ、うん!」 ワンピースについた土や草を払ってから灰流に近寄る。 帰りもお姫様抱っこをしてもらい、物凄い速さで城に帰ってきた。狐の妖怪って足が速いんだね。 |