百花繚乱 | ナノ

     9日目


 もし美雨がこの世界の人間だったら、妖怪だったら、自分の気持ちに素直になれたのだろうか。ちゃんと彼と向き合えたのだろうか。気付くことから逃げることもなかったのだろうか。
 そんな例え話ばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

「灰流さんが好き」

 でももう自覚してしまった。

  * * *

 薬園に行く準備を済ませ、魅麗に「いってきます」と声を掛けると彼女は「あ、待ってください」とぱたぱた可愛らしく駆け寄ってきた。

「お弁当です。お昼に食べてください」

 眩しいくらいの笑顔で手渡された弁当を見つつ美雨は首を傾げた。
 昨日の昼食はミケと食堂で食べた。敷地内たが城の外に食堂があることに驚いたのを覚えている。

「食堂は有料なので……。
 ミケさまのお小遣いが減ってしまうのは一向に構わないのですが、灰流さまに命じられまして作ってみました」
「魅麗ちゃんの手作り!?」
「はい!」

 魅麗の口から黒い台詞が聞こえた気がするが、こんな可愛い笑顔の魅麗が言うわけないと自分に言い聞かせてスルーすることにした。ついでに誰に命じられたかもスルーしておこう。いや、流石保護者とでも称しておこうかな。

「わぁーい、ありがとう! いってきまーす」
「はい、いってらっしゃいませ」

 魅麗は綺麗なお辞儀をして送り出してくれる。ただ美雨の手に握られている地図を見て少し心配そうにしていた。
 昨日ちゃんと行けたのだから大丈夫だと美雨は足取り軽く薬園に向かった。

  * * *

 迷うこともなく薬園に辿り着けたのだが、そこにいたのは白髪の少女もとい雪女の白雪だった。今日は淡い色の着物ではなくつなぎを着ていて、綺麗な長髪は高い位置でお団子にしてある。
 彼女は美雨に気付いてキッと効果音が付きそうな睨みを向けてきた。

「遅刻よ! 人の子のくせに生意気だわ!
 久遠様に気に入られているからって調子に乗らないでちょーだい!」
「へ?」
「いや、ここ時間とか決まってへんやん! 女の嫉妬ははしたないでー」
「わたくしよりも遅ければ遅刻よ」
「横暴やわぁ」

 目の前で繰り広げられる白雪(ボケ)とミケ(ツッコミ)のコントに美雨はぽかんとアホ面をかましていた。
 いつの間に美雨は久遠に気に入られたのだろうか。それはさくらの間違いなのではないのか。そもそも久遠も『人の子』である。白雪は軽く久遠を見下したことに気付いているのだろうか。

「あ、この子は白雪やで! 気難しい子やけど仲良うしたってなぁ」
「人の子なんかと馴れ合うつもりはないわよ」
「んで、こっちは美雨ちゃんやでー。
 かわええやろー? でもな灰流さんのことが好きみたいやねん」
「わたくしの話を聞けっ! バカね…こ……え? 銀狐?」

 あれ、この三毛猫、今なんつった?
 ミケのバクダン発言に美雨と白雪は瞬き数回を繰り返して暫し固まる。そして美雨はぼんっと顔を赤く染めて俯く。
 白雪はくるりと美雨に向き直り先程の態度が嘘のように笑顔を見せた。

「わたくしは白雪、雪女の白雪よ。よろしくお願い致しますわ」
「え、あ、わたしは東雲美雨です……よ、よろしく」
「あー気付いとるかもしれへんけど白雪姫は久遠さんのことが好きなんやでー」
「……一生その口が聞けないようにしてやろーか?」

 なんか白雪からすごい低い声で恐い台詞が聞こえた気がするがあんな綺麗で白い妖怪がそんな低音出せるわけないと自分に言い聞かせて、美雨は顔の熱を冷ますことに集中した。
 でも、美雨が灰流を好きなことが白雪に知ってもらえて、白雪の好きな人を知ることができたのは良かったかもしれない。

「……相談、とか迷惑かな」
「何の?」
「そんなん決まってるやん、恋の……」
「お前はマジで黙れ」

 聞こえるかわからないくらい小さく呟いたはずなのに流石妖怪といったところか、相談に乗る気満々である。
 白雪とミケのやりとりに笑いそうになりながら「なんでもない」と緩く首を降り、着替えるために更衣室に歩き出した。

  * * *

 資料とにらめっこしている白雪の隣で美雨は彼女の指示に従っていた。
 驚くほどに白雪は薬草に詳しかった。なんでも薬剤師を目指しているらしく自分の調合した薬で久遠を救いたいのだと言っていた。久遠はどこか悪いのか、聞くに聞けなかった。あまりに白雪が哀しそうな顔をしていたから。

「白雪は自分が人間だったらとか考えない?」
「わたくしが? どうして下等な人の子なんかに?」

 プライドの高い彼女らしい返答に美雨は思わず苦笑いをこぼす。白雪がむっとしたのが空気でわかった。意外とわかりやすい。

「そうじゃなくて、好きな人と同じだったらって」
「……それだとわたくしはきっと久遠様に出会えないわ」
「え?」

 どういう意味だろうか。白雪は妖怪だったから久遠に出会えたのか?
 首を傾げた美雨に白雪は微笑んだ。

「例え話なんて愚かだわ。
 仮に美雨がこの世界の妖怪だったとして、冥王由良様の懐刀と云われている銀狐にどう近付くの?
 目も合わせてもらえないんじゃないかしら?」
「そうなの?」
「ほんの少しでも状況や立ち位置が変われば色んなものが変わるわ」
「……わたしが異世界の人間だから灰流さんに出会えた?」
「ええ、そうよ」

 白雪は自信満々に答えてくれた。それはほんの少しだけ美雨の心を軽くした。
 由良の懐刀である灰流を好きになったわけではない。肩書きなんて異世界人の美雨には関係ないもの。もちろん灰流が妖怪だから好きになったわけがない。
 なんだが堂々巡りのように思えてきた。答えなんてきっとないのだ。どうすればいいのか、わからない。

「美雨の場合は期限がはっきりしているからややこしく思えるのよ」

 自分の世界に帰るまで。始まってすらいないのに終わりが見えているから想いを告げることに躊躇いがある。

「ここにいる間だけでも幸せになってもいいと思うわ。
 悩んでたって仕方ないじゃない」

 まだ幸せがあるとは限らないのだけど、何故か白雪は確信しているような口振りだった。灰流が美雨を好きな可能性なんてあるのだろうか。

「それか、この世界に残るという選択肢もあるわ」
「え?」

 美雨は驚いて白雪を見ると彼女は考えてなかったのかと呆れていた。
 残っていいのだろうか。しかしそれは自分の世界を捨てるということだ。家族や友人に何も知らせる術もなく、美雨の生死すら彼らには曖昧にしたまま。
 そんな安易に選択は出来ない。

  
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