百花繚乱 | ナノ

     1日目


 地球という星の日本という国の近畿という地方の大阪に住んでいたはずのわたし、東雲美雨。気が付いたら知らない場所にいました。
 此処は何処ですか?

 * * *

 時は少し遡り、夏休みに入り一週間が経ったある日のこと。
 美雨は苦手な科目で欠点をとったため、夏休みに関わらず学校に補習を受けに通っていた。その帰り道。公園から楽しそうな子供の声を聞きながら家路を歩く。くそ暑いこんな日でも子供は元気に遊んでいる。

「……暑い」

 汗ばんだ額を手で拭う。
 軽そうなボールが公園からアスファルトにバウンドしながら転がっていく。それを追いかける少年。美雨はボールを見ていたが、はっと気付く。車の通りが少ない道路なのに運悪く車が少年の方へ向かっていた。運転手が気付いてクラクションを鳴らすが少年は驚きで動けずにいた。

「(あの子を抱き抱えるのは無理か……)」

 美雨は必死に考えた。

「(ぶっ飛べ少年!!)」

 考えた結果、少年を反対側の歩道まで吹っ飛ばす勢いで突き飛ばす。少年は助かったが、美雨はそのまま車に跳ねられた。
 公園から誰かの甲高い悲鳴を最後に美雨は意識を手放した。

 * * *

 気が付くと知らない場所にいた。車に跳ねられた場所ではない。紫色の雲に隠された空。薄暗くどこか現実味のないようだと感じた。
 死んだのかと思いつつ起き上がろうとすると身体に痛みが走った。

「(わたし、生きてるの……? 夢でもないみたいだし)」

 周りを見渡そうと首を動かす。生い茂る謎の植物が邪魔で葉っぱと雲しか見えない。
 カサカサと草を掻き分けこちらに向かう足音に自然と体を強張らせる。音がする方に首ごと視線を向ける。何が出てくるのか不安と少しの期待とともに。

「……? こんなところで何を」

 現れたのは銀髪の美形。しかし頭に獣の耳が生えている。
 驚いて声も出ない美雨の横に銀髪の美形は方膝を付いて座るとまじまじと彼女を観察した。美形に見詰められるというあまりない体験に美雨は戸惑う。

「怪我をしているのか?」
「え……痛っ! ちょっ、マジ痛い!」
「すまない」

 仰向けに横たわったままだった美雨をひょいと抱き上げる美形。怪我に気付きながらも配慮はなかった。しかし素直に謝られたので怒れないまま大人しく美形に担がれている。
 自分が倒れていた地面に染み込んだ血を目にして血が出るほどの大怪我なのかと思うと怖くなった。死にたくない。

 * * *

 美形に連れていかれたのは大きな古城みたいな建物で目玉が三つある医者に治療された。包帯だらけで動きづらいが痛みがなくなった。
 そのあと医者に連れられ入った部屋には大きな椅子に座る闇色の男が興味深そうに美雨を見ていた。その傍らに銀髪の美形が立っている。

「お前は此処が何処かわかっているか?」
「……へ?」

 まさか死後の世界? と闇色の男の問いに小首を傾げる。
 闇色の男が笑みを深めて愉しそうに言った。

「此処は我ら妖怪の住む冥界。
 我は妖怪の主、冥界の王、由良。
 お前を拾った銀狐は灰流」

 銀髪の美形もとい灰流は美雨と目が合うと綺麗にお辞儀をした。
 美雨は由良の言葉に鳩が豆鉄砲を喰らったかのような面をかましていたが、はっと我に帰る。

「わたしは東雲美雨です」
「何処から来た?
 何故、人の子……美雨が怪我をして倒れていたのかわかるか?」

 由良の質問に首を横に振る。
 何処からと言われても車に跳ねられた後を知らない。気付いたらあそこで倒れていたのだ。そもそも冥界とは何だろう。死後の世界ではないのか? 人は死ぬと妖怪になるのか? 答えの出ない思考の渦の中で美雨は悶々と考えていた。

「とりあえず怪我が治るまではこの城にいていい。
 あとは灰流に任せる」
「はい」

 由良は言い終わると立ち上がりさっさと奥の部屋へと消えた。

「カダ、彼女の怪我はどのくらいで治る?」
「全治一ヶ月といったところでしょうな」

 カダと呼ばれた三つ目玉の医者は美雨を一瞥すると灰流に視線を戻した。
 灰流は「そうか」と返すと、美雨と向かい合い目を合わせ「一ヶ月よろしく、美雨さん」と微笑んだ。
 美雨はぎこちなく微笑み返した。
 わたしは帰れないのだろうか……?

   
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