百花繚乱 | ナノ

     8


 昨晩はよく眠れず、眠たい目を擦りながら教室に入ると樹々に抱き着かれた。
 毎朝、あさぎが来夢にしているように。
 細腕のどこにそんな力があるのかと思うくらい強く抱きしめられた。

「樹々、痛いんだけど」
「音無! ずるい! 私が朝いちばんに抱きしめたかったのにっ!」
「え? あ、ごめん!」

 珍しくいつもより早く登校したらしい来夢はあさぎを抱きしめる樹々に何故か涙目で怒っている。樹々は笑いながら二人に謝るとあっさりあさぎから離れた。
 何がなんだかよくわからん。
 来夢は抱き着くタイミングを逃したせいか俯いたまま動かない。視線は迷っていて、ほんのり頬が赤い。可愛い。
 待つのは性に合わないというか我慢出来なくて勢いよく来夢に抱き着いた。来夢は小さく短い悲鳴を上げたがちゃんと抱きしめ返してくれた。

  * * *

 昨日。
 鳩李と久遠を家に招いて、彼らから聞かされたのは7年前の列車事故のことだった。父は知っていたらしく「二度も聞くつもりはない」と自室に入っていった。

「結論から言ってしまうと乗客員全員を燃やしたのは久遠で、首謀者は音無家です」

 思わず「は?」と生意気な聞き返しをしてしまった。だってこのジジィ何言ってんの?
 当時、あさぎたちは6歳でまだ幼い子供一人が大勢を人体発火させた? しかも森山家の少年が?
 暁家ならまだ頷けるかもしれない、彼の家は色の家系であり火を操ることが出来るのだから。

「俺の母親が暁家の人間なんだよ」
「……久遠、順を追って話したいのだけれど」
「結論を言って混乱させといて順を追うのか?」

 確かに混乱したけど。『首謀者は音無家』というのは気になるし、知らない真相とやらがあるなら知りたい。
 久遠があさぎの兄を殺した張本人だとしても理由があるならちゃんと聞いて理解したい。許す、許さない、は今は考えたくなかった。
 久遠は鳩李に目配せすると鳩李が話し始める。

「音無樹々の病気については知っているかね?」
「え、樹々? ……心臓のことですか?」
「そう。樹々君は心臓移植をする予定だったのだよ」
「そのドナーがあの列車に乗ってたんだ」

 彼らの話によると、当時の音無家の幹部らは樹々を当主にしたくなかったらしく病気を治されては困るからドナーを殺す計画を企てたらしい。そしてそのついでに彩や色の家系の能力を持つ人間も殺しておこうと考え、『音無家当主から皆様に内密にお伝えしたいことがあります、本家までご足労願えないでしょうか』という文を列車の券と共に能力があるとされる者たちに送り付けた。

「家のごたごたに巻き込まないために離れに幽閉されていた久遠を連れ出し、彼を助けに来た少年を人質にして」

 久遠に殺させた。
 自分たちは手を汚さずに幼い子供に大量殺人をさせるなんて、なんて醜い酷い人たち。
 そんな人間が樹々の近くに……

「その幹部とやらは俺の目の前で斬り殺されたよ」
「久遠の父親がね、森山家でありながら暁家の能力を使ったことに怒ったみたいで」

 怒るところが違う気がする。
 鳩李が困ったように笑うので釣られて笑ってしまった。
 そっか、兄には能力があったんだ。だから青柳家に必要とされていて、みんなに愛されて、あさぎが彼になれるわけがなかった。
 能力に恵まれている久遠が少し羨ましく思えた。そのせいで久遠は『彩に愛されし忌み子』と蔑まれているけれど。

「ごめんなさい」
「へ? は? 森山は悪くなくない?」

 突然の久遠の謝罪にあさぎは焦った。
 話を聞いて、あさぎよりもきっと久遠の方が辛い思いをしていることはわかった。父が久遠に向ける目とか。
 鳩李に同意を求めるために視線を向けると彼はただ微笑むだけだった。この人も久遠を許してはいないのか。
 森山家が黒薔薇学園に多額の金を寄付しているのは久遠のためなのだろうか。

「森山、僕は許すよ。あんたが悪いとは思えないから」

 久遠はいつもの薄ら笑いとは全く違う表情で「ありがとう」と綺麗に笑った。

  * * *

 兄も綺麗に笑う人だった。
 ずっと兄になろうと必死だったあさぎは今更『あさぎ』になれるのだろうか。

「僕は、僕に戻れるかな……?」

 小さく呟いた言葉に来夢と樹々は顔を見合わせる。
 二人ともキョトン顔で小首を傾げている。

「あさぎはあさぎじゃないの?」
「幼い頃から一緒にいるけど、あさぎじゃなかったのか?」

 幼馴染み二人はあさぎを不思議そうに見る。
 あさぎはあさぎ、幼い頃から一緒だった二人にとっては兄に化けたあさぎも『あさぎ』なのだ。

「……ありがとう!」

 この愛しい天然二人に救われた気がする。
 あさぎは柔らかく微笑んだ。

E N D  

  
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