あーん 「……あの」 「もっと開けてくれないと入らないんだけど?」 「恥ずかしいです」 「えー、瀬菜が言ったんだよ?」 「でも」 「ほらほら、早くー」 口開けてー、と久遠は瀬菜に迫る。確かに久遠が弁当を食べ切れなかったら瀬菜が食べるとは言ったけれど、食べさせてもらえるとは思わなかった。箸で掴んだおかずを「はい、あーん、して?」とこちらに向けてくる。しかもその箸は先ほどまで久遠が使っていたものである。 「食べてくれないの?」 心なしか寂しげに首を傾げて言う久遠に「うっ」と瀬菜は呻く。可愛い。負けそうになる。食べさせてもらえるなんて幸せだし、嬉しいけど、それ以上に恥ずかしい。 「はぁ……じゃあ、樹々。あーん」 「しねぇよ! 当たり前のように振るな」 久遠は可笑しそうに笑っている。心底楽しんでいらっしゃる。彼が楽しいのならからかわれるのもいいかなぁと思ってしまう瀬菜だった。 |