10月31日 白百合総合病院にて。 樹々の病室を控えめにノックして音を立てて戸を開けた。 「……またか、あのやろう」 そこには誰もおらず、開け放たれた窓から入る風に白いカーテンが揺れていた。まるで病人が窓から脱走したみたいに。 *** 黒薔薇学園にて。 いつの間にか屋上で爆睡していた。今日は風は冷たいが日は程よく照っていて昼寝するには絶好の日和であった。 「う、やべ。まじ寝てた……」 「おはよう、君は樹々くんかな?」 「ぅお は? 誰?」 横には笑顔で座っている優しそうな男がいた。吸血鬼の恰好がよく似合っていてハロウィンでなくても普段着てそうだと思った。 数十分後。 黒薔薇学園の屋上の重たい扉を蹴り開けると探していた人物と目が合った。 「げっ……久遠」 「よぅ、樹々。病院を抜け出して屋上でひなたぼっこか?このやろう」 「いやぁほら今日は天気がいいからさ」 樹々との距離を詰めつつ笑顔で話し掛ければ彼は「それよりさ」と手を差し出して「トリックオアトリート」と言いやがった。 「……理子から」 「え、マジで!やったぁ!」 仕方なく理子から預かったお菓子を渡してやれば、嬉しそうにそれを両手で受け取った。犬みたいだ。 「あ、久遠!あーんして」 「は?」 あーんはしてないが口を開けたら薬っぽい物を入れられた。 「何これ、苦ッ…!?」 「吸血鬼のコスプレした赤い髪の人が『久遠の特技が使えなくなる薬』って」 「げほっごほっ」 「だ、大丈夫?」 リュウの野郎、何しやがる。樹々との接触についても怒りたいが薬のせいで能力が使えないので何も出来ない。自分の能力を嫌っていながらそれがないと何も出来ないとは滑稽だな。自嘲気味に笑いつつも咳は止まらず涙まで零れてきた。 あー、気持ち悪い。 「ごめん、水買ってくるから(久遠が泣くとは薬ぱねぇ!)」 「いいよ。悪いし。それより何でお前が泣きそうになってんの?」 「え? 何でだろ?」 「でさ、何? これは悪戯?」 「……ははは(お、怒ってらっしゃる!?)」 心が読めない、未来が見えない、過去が知れない。普段出来てたことが出来ないのがこんなに怖いなんて思わなかった。いや、多分、相手が樹々だからだ。彼が無理をしていないかを確認出来ないのがとても怖いのだ。 「久遠?」 「樹々、帰ろう」 樹々の細っこい腕を掴んで進めば大人しくついて来た。このまま病院に帰そう。樹々が大人しく病院にいるとは思わないけど多少の罪悪感があるなら大丈夫だろう。そしてリュウを殴りに行こうか。 *** 魔界にて。 リュウがいるであろう魔王の部屋の前に立てば扉が自動で開いた。念のために言うが自動ドアではない。 「君は普段から能力に頼りすぎなんだよ。 理子も楓も心配している」 「へぇ」 何でお前が楓のことまで知ってんだよ、というツッコミはめんどくさいので省略。そういえば数日前に理子が楓に菓子作りを手伝ってもらうために家に来てたことを思い出した。理子から聞いたのか、はたまた久遠の護衛を頼まれてる芽瑚から聞いたのか。 「樹々くんに近付いたことは謝るけど薬については謝らないよ」 「とりっくおあとりーと」 「ん?」 「菓子はねぇな? 一発殴らせろや」 「暴力はよくないと思うぞ? まぁ、殴れるものなら殴ってみるがいい」 「今の俺が読心術や先見を使えないから余裕なのか?」 「さっきも言ったけど、久遠は能力に頼りすぎだからね」 「そういうリュウは魔力しかない成り上がり魔王じゃん」 |