それぞれの夜 魔王城に向かう道すがら、エメは最後尾から集団を眺めていた。もちろん周りの警戒は怠っていない。並びとしては、先頭に明と舞とシュレッダーとカマキリの討伐隊がいて、ラウ、春菜、十六夜が二列目にいる。三列目は竜央と雛が手を繋いでいて、四列目からはラルドとエメが護衛対象である四人の永久とリネ、メイファとレオンを挟んで歩いていた。 「……」 永久は討伐隊に、メイファはラウに、それぞれ話を聞きたいだろうことが見て取れた。手伝ってあげたいけれど、ラルドが怖い。任務を忘れてシュレッダーと殺し合いをしてしまった手前、いつもみたいに強気に出られないのだ。シュレッダーは明にお説教をされている。ああはなりたくない。エメは他人よりも自分が可愛い。ごめんね〜、と心の中で謝っておいた。 ■ ■ ■ ――夜。 討伐隊に入隊してしまったので帰れなくなったエメたちは魔王城に宿泊することになる。部屋割りで一悶着あったけれど、なんとかなった。毎回、エメとラルドの性別で騒ぐのをやめてほしい。エメは間違われても気にならない。むしろ可愛いと思ってもらえて嬉しい。しかしラルドはそうではない。 「もっと女らしく振る舞えばいいのに〜」 何度も言ってあげているのに改めない彼女は中々に融通が利かない頑固者である。なにかいい切っ掛けがあれば変わるのかな。 ラルドは苦々しく眉間にシワを寄せる。なんでそんな不細工な顔を晒して歩けるんだ、この女。エメには理解が出来ない。 「わっ」 そしてあまり表には出ないがドジッ子である。特に考え事をしていると発揮される。今もまさにそれ。なにもないところに何故か躓いて、転びそうになっている。 エメが腕を掴む前に、ラルドの腰に手を回し抱き寄せるように支えたのは十六夜だった。 「大丈夫?」 「あ、はい……すみません」 狐面の謎の男。竜央をラウから庇ったり、永久を殺人鬼から守ったり、行動がよくわからない。なのにラルドはあまり彼を警戒していない。そこがいちばんよくわからない。 十六夜の方に向き直って「ありがとうございます」と頭を下げるラルド。その頭をぽんぽんと撫でて「気を付けてね」と言って通り過ぎていく。十六夜を目で追っていたエメはラルドの方に視線を向けて驚く。 「え……。あ、そういうことか〜」 彼女は顔を赤くしていた。きゅっと結ばれた口。潤んだ目。撫でられた頭に触れる仕草。意外と可愛い。 これはいい切っ掛けを見付けてしまったのかもしれない。 ちなみに、二人の性別を初見で正しく理解していたのは十六夜と舞だけである。他は両方を間違えていたり、片方(主にラルド)を間違えていた。シュレッダーは両方を間違えた上に堂々と開き直ったため、ラルドに制裁を加えられていた。 ■ ■ ■ メイファはラウを探して走り回っていた。魔王城は広いけれど入っていい場所は限られているからすれ違いにならなければ会えるだろう。単独行動をする場合はエメかラルドに報告するように言われていたけれど、二人はラウを警戒しているようだったから内緒で脱け出してきたのだ。だから早くラウを見付けたい。 「あ! ラウ、見付けた!!」 思わず大きな声を出してしまったけれど、急いで駆け寄る。逃げる素振りもなくラウはそこにとどまっていてくれた。場所は中庭が見える階段の踊り場である。 「? かくれんぼをした覚えはないけど、見付かってしまったね」 「かくれんぼ?」 「違うのかい?」 メイファもかくれんぼをした記憶はない。首を傾げると、ラウも首を傾げた。まあいいか。 ぺしぺしと階段を叩いて隣に座るよう促してもらえたからそれに甘えてメイファはラウと並んで座る。少し緊張する。だけど急いでいるので、迷わず本題を聞いてしまおう。 「ラウは何しに魔界に来たの?」 「聞いてどうするんだい?」 どうする? どうしよう? 何も考えていなかった。とりあえずラウのことが知りたかった。どうして知りたいのか、記憶喪失であるメイファの名前を知っていたから。彼が自分を知っているから。 「ラウは悪い人なの?」 「異世界人にとっては悪い人だろうね」 「……あたしにとっても悪い人?」 「それは君が決めることだよ」 ラウもメイファも異世界人だ。ラウは自身が悪いことをしていると思っているのだろうか。悪事の自覚があって異世界人を殺しているのかな。なんのためにそんなことをしているのだろう。 聞きたいことはたくさんある。きっと聞いてもはっきりとした答えはもらえないだろう。上手く聞けないのがもどかしい。 「魔界に来たのは、異世界人のこともあるけど十六夜を出し抜いて竜央とあわよくば永久を殺すためだよ」 「…………えっ!? 永久くん!!?」 予期せぬ名前が出てきて驚いてラウの顔を見ると、にっこりと笑っていた。永久は異世界人ではない。この世界の住人だと聞いている。もしかして異世界人なのだろうか。 混乱するメイファにラウは笑いながら言う。 「彼は異世界人ではないよ」 「えっ、あ……そう?」 「ただ少し邪魔だから消えてもらいたいだけだよ」 「だ、だめだよ!!」 恐ろしいことを平然と言うものだから強く否定してしまった。怒るかなとラウを窺うも穏やかに笑っている。冗談だったらいいのに、残念ながら目は笑っていない。本気で本当に永久を狙っているのだ。なにかと狙われている永久のそっくりさんでもなく、彼自身を。 「聞きたいことは終わった?」 「……うん。ありがとう」 おやすみなさいを言い合って二人は別の道を使ってそれぞれの部屋へと帰った。 ■ ■ ■ 明、舞、シュレッダー、カマキリの四人がいる談話室に永久はお邪魔していた。一応、エメには伝えてある。なにかと傍にいてくれたラルドに伝わったかどうかはわからないので心配をかけていないかと少し気掛かりではあるけれど。ふかふかの一人用のソファに浅く腰掛けながら永久は紅茶を一口飲む。美味しい。 「気に入ってくれた?」 「! あっ、はい」 無意識に頬が緩んでいたらしい。それを見逃さなかった明に声を掛けられて驚いた。ふふ、と嬉しそうに明は微笑む。可愛らしい人だな。 「それで、永久くんだっけ? なんか聞きたいことでもあるの?」 「なになに? 人の殺し方?」 「そんなわけないだろ」 舞、シュレッダー、カマキリは談笑をやめて永久を見る。さっきまで騒がしかったのに急に静かになった。 永久はテーブルに紅茶を置いて、姿勢を正してから切り出す。 「俺のそっくりさんについて教えてください」 四人は顔を見合わせる。 明はシュレッダーとカマキリを見遣ってゆっくりと言葉を紡ぐ。 「私も何故彼があなた方二人に狙われているのか知りたいわ」 「知らないわけじゃないでしょ。大量殺人犯だよ?」 「俺は依頼されたからー。失踪してすぐに殺しの依頼が来るって相当恨まれてんね?」 「何も知らないくせに久遠を悪く言わないで!!」 舞が怒ったように声を上げる。 カマキリはシュレッダーに目配せをしていた。謝れよ、とでも言いたげだ。 明は舞の背中を労るように撫でる。 「ごめん。でも、本当に優しい子だから」 「ええ、そうね」 再び訪れた静寂に永久は困っていた。 「あの……俺、父親を知りたくて――」 「森山久遠って何歳だっけ?」 「18歳だよ。子供はいない」 3歳の時の子どもなわけがない。シュレッダーは標的の年齢を把握していないらしい。 そっくりさんは森山久遠という名前で18歳。カマキリが言うには黒髪、金の目だそうだ。現在失踪中。 ただ顔が似ているだけで永久とは関係がないのかもしれない。 「うーん、弟がいるとかも聞いたことないけど」 「そもそも私たちに家族の話は出来ないでしょ」 「あ……うん」 舞の発言に明はすかさず指摘をする。舞は気まずそうに視線を下げた。家族の話は誰かの地雷なのだろうか。 首を傾げながらもカマキリは永久に提案をする。 「気になるなら森山家を訪ねてみたら? 久遠はいないだろうけど、一応、彼の生家だし」 「そうですね。ありがとうございます」 兄弟じゃなくても親戚かもしれないし。行ってみれば父親についてなにかわかるかもしれない。 「そーいえば、竜央? と雛って子も森山って名乗ってなかった?」 「異世界人だし、関係ないでしょ」 思い出して顔を上げた舞の発言はまたもや明に指摘されていた。しゅんと項垂れた舞の頭をカマキリが遠慮がちに撫でる。 雛って異世界人だったっけ? ■ ■ ■ 魔界に帰ってこられたリネはやっと挨拶やら書類上の手続きやらを終わらせることが出来た。申請していた期間よりも長く魔界を出ていたから手間取ってしまった。 「なんかみんな悩んでるのにオレだけなんもなーい!」 「いいことだよぉ」 部屋に戻ってゆっくり休もうと歩を進めていたら廊下に座り込んでいるレオンと春菜を見付けた。なんで廊下で話してるのだろうか。寒くないのかな。 「あ! 莉音だぁ」 「おー」 「こ、こんばんは」 春菜が明るい笑顔で手を振ってくれる。 「なにしてるの?」 「うーんとねぇ……お悩み相談!」 「オレ、さっき悩みがないって言ったばっかなんだけど!?」 あはは、と春菜は楽しそうに笑っている。レオンの反応がいいから楽しいんだろうな。 リネは春菜の隣に腰を下ろしてレオンに声を掛ける。 「お姉さんを探してるって永久から聞いたけど……」 「ん? あー、うん」 「そーなの? 見つかるといいねぇ」 歯切れが悪くなったレオンに春菜は落ち着いた声音で返す。感情に寄り添える春菜はすごいな。リネはいつも感心してしまう。そして変わっていないことに安堵した。 「この世界にいるかどうかもわかんねーし、元の世界で実は死んでましたとか――」 「見つけてあげようよ! それで二人で仲良く帰ったらいいよぉ」 弱気になり始めたレオンの言葉を遮って、春菜は真面目に言ってから「ね?」と笑いかける。レオンはポカンと呆けていたがすぐに「そうだな!」と笑った。 「莉音はぁ?」 「えっ?」 「今ならお兄さんが助けてやってもいいぜ」 お兄さんって、ひとつしか違わないのに。 リネの悩みは剣のこと。春菜に言えるわけがなかった。大丈夫だよ、と言おうと思っていたら春菜がのんびりと話し出す。 「はるはねぇ、剣に復讐したいわけじゃないよ」 「「え!?」」 船上で見せた憎悪が嘘だったのではないかと思ってしまうほど今の春菜は穏やかだ。レオンも驚いていた。 「ただ向き合ってほしいの」 「……」 「剣がなにをしたのか、ちゃんと反省してくれたら、それでいいよ」 罪を認めて謝ってほしい、ということだろうか。大好きな両親を奪われたのに反省するだけで、謝るだけで、許してしまうのだろうか。 春菜は「えへへ」と可愛らしく笑う。 「ワガママかなぁ?」 「いや、むしろ寛大すぎてビビったわ」 レオンがまるで恐ろしいものを見ているかのような目を春菜に向けていた。 ■ ■ ■ 執務室の奥にある魔王の私室に十六夜は慣れた様子で入る。 「久しぶり」 「まさか半年も経たずに会うとは思わなかったよ」 「同感」 魔王であるリュウは突然の訪問者に驚くことなく受け入れていた。十六夜はほっとした反面、警戒心のないリュウに呆れてしまう。二人以外に誰もいないことを確認してから狐の面を外す。隠し持っていた小刀たちも机に並べておく。刀は部屋に置いてきた。 「どっちがどっちで寝る?」 「? ベッドを使ってもらって構わないよ?」 「……」 なんだか腹が立った十六夜はリュウの肩をぱしんと叩く。懐かしい。 「痛い! なんで!?」 「俺がソファで寝るから、おやすみー」 ブランケットを被りながらソファに倒れるように横になる。 割り当てられた部屋では面を外すわけにはいかなかったのでわざわざリュウの部屋まで寝に来たのだ。 「おやすみ」 ソファから離れていくリュウに「ありがと」と呟く。 十六夜は部屋割りでリュウにわがままを言った。竜央と永久をラウと同室にさせたくなかったから。竜央は自衛できるし、永久にはエメがいるけど、不安要素は少しでも減らしておきたかった。だからわがままを聞いてくれたリュウには感謝をしている。 でも、全員を討伐隊に入れたことについては怒っていた。何故ならラウに二人を殺す機会を与えてしまったのだから。その機会を潰す策ももう講じてあるのだけれど。 |