討伐隊 化け物だなんて呼ばれている者と対面したとき、彼らの声なき声を感じ取ってしまった。思わず顔をしかめてしまいそうになる悲痛な叫び。 彼らは化け物なんかじゃなかった。 「二人を置いてきて正解だったかな」 ラウは感情を感じ取ることができる。春菜は心の声を聴くことができ、十六夜は心の中を視ることができる。三人は程度は違えど読心術を持っていた。 春菜と十六夜を連れてこなかったのはこれを想定していたからではない。春菜と心を通わせられる動物がいるかどうかわからない場所は危険だからと彼女を気遣う振りをして、十六夜がいると出来ないことをやるために二人で留守番をしてもらったのだ。その計画は無慈悲にも春菜によって崩されていることをラウはまだ知らない。 ■ ■ ■ 第15区『グラジオラス』は魔界と呼ばれている。東の方角にある島で、主に魔力を有する者たちが住んでいる地区である。魔王城、魔界監獄、魔術教会、魔法学校などがある。 「なんか普通だな」 「閑散としてるね」 もっとどんよりしていて禍々しい場所をイメージしていたレオンは拍子抜けしてしまった。永久の言う通り、港なのに人影が全くない。 「化け物を魔界から出したくないから機能停止してるだけで、普段は賑やかなんだよ〜」 「とりあえず、魔王城に向かいます」 魔王であるリュウからの依頼はリネを魔界に帰すことだけれど、魔界に着いたから「はいさようなら」というわけではない。依頼書に依頼主の判子をもらわないと依頼は達成されない。なのでリネをリュウに引き合わせる必要があるのだ。 ラルドの言葉に従って、彼女に付いていこうと一歩踏み出してからふと気付く。竜央はどうするのだろうか。春菜はレオンが誘拐したので連れて行くつもりだ。竜央の方に振り返って見ると、雛と手を繋いでいた。子連れか。 「竜央はどーすんの?」 「行くとこ決まってないなら一緒に行く?」 「「えっ?」」 「そうだね。雛もいるし、ご一緒させてもらおうかな」 「「は?」」 メイファの誘いに軽々と乗った竜央。驚いた声が永久とハモってしまう。 ラルドとエメは異世界人の言動には興味がないのか、任務と無関係だからか、異論はないようだった。リネはラウや竜央のことを知らないのだろう、ラルドの隣で動向を見守っている。 メイファと竜央と春菜が永久とレオンに視線を向けた。 「だめ?」 「ダメかな?」 「なんでぇ?」 黒猫を近付けないでください。切実な願いもむなしく、首を傾げて春菜は近寄ってくる。猫さえいなければとても可愛い。ひえ、と小さく悲鳴を上げると春菜がハッとしたように黒猫を降ろした。 「猫アレルギーだったぁ……」 「忘れられてた!?」 わざとじゃなかったのか。 ごめんねぇ、と背伸びをしながら頭を撫でられた。 春菜の足下に黒猫がいなかったので視線を巡らすと、刀を振りかぶったラウが見えた。 「え……」 竜央に向かっていた切っ先は彼に届く前に埋没する。 埋没させた第三者はラウに刀を向けていた。 「春菜と留守番じゃなかったっけ?」 「バカに誘拐されちゃって」 「そんなマヌケだったかな、十六夜ちゃんは」 「暗殺に失敗するドジっ子ラウくんに言われたかねぇよ」 ラウの刀の先端に乗り、切っ先を埋没させたのは十六夜だった。十六夜が竜央を庇っている。 なにがなんだかわからないが、レオンの中でラウと十六夜の不仲説が浮上した。 竜央が十六夜の腕を掴む。 「君はどうして僕がラウに殺されそうになると助けてくれるのかな?」 「……」 「亜姫がいないときに聞いておきたいんだけど」 「――ひみつ」 十六夜は掴まれていた手を優しく解くと、人差し指を立てて狐面の口許に当てた。幼い声音。仮面に隠された素顔はどんな表情を浮かべているのだろうか。 三人を眺めていたはずなのに気付いたら十六夜が消えていた。不思議に思う間もなく後ろが騒がしくなる。 「あれあれ〜、もしかして殺し屋と殺人鬼〜?」 「もしかして白騎士? 赤以外の騎士とか初めて見たんだけど!」 振り返った先にはエメが抜刀していて猫手の男と鍔迫り合いをしていた。その隣では十六夜が両手に鎌を持った緑髪の男と対峙している。ラルドはエメと十六夜の背後で永久を守るように立っていた。 「彼はあなた方の標的ではありません。武器を納めてください」 「え〜! せっかくだから遊ぼうよ〜」 「いいねぇ、遊ぼうか」 「……他所でやってください」 殺る気満々なエメと猫手の男。どちらも愉しそうだ。そしてどちらも仕事を忘れている。 「殺人鬼さんはどうする? 俺と遊ぶ?」 「興味ない」 遊びのお誘いをばっさり断って鎌を片付けた緑髪の男は永久を見て首を傾げる。 「確かに髪と目の色が違う。顔はそっくりなのに……あと、幼い」 「その人って――」 「いたー! やっと追い付いたー!!」 大きな声とともに緑髪の男に突撃してきたのは金髪美女でした。全く動じなかった緑髪の男。慣れているのか。 金髪美女を追いかけてやってきたのはピンクの髪を肩で切り揃えている清楚な美人。彼女は腰に手を当てて緑髪の男と金髪美女に注意をする。 「勝手にいなくならないでよ。あれ、シュレッダーは? えっ、なにこの団体……」 美人も美女も永久を見付けると、驚いていた。ラルドがすかさず「人違いです」と永久を庇う。刃の知り合いって有名人なのだろうか。 ■ ■ ■ お楽しみ中だったエメとシュレッダーを回収して、団体は魔王城に向かった。 道中で一通り自己紹介を済ませた。舞(金髪美女)と明(美人)が発足した化け物討伐隊には殺し屋シュレッダー(猫手の男)と殺人鬼カマキリ(緑髪の男)、そして何故かラウも加入していた。なにしてんの。 入城手続きをして、謁見の間で魔王である樋口リュウに莉音を会わせて依頼書に判子を押してもらった。無事に依頼は遂行した。あとは帰るだけだ。 「はい! あたしも化け物討伐隊に入りたい!」 「メイファ!?」 「戦えないのに入れるんですか?」 「え〜。帰りた〜い」 何を考えているのか、何も考えていないのか、魔王は快く入隊を許可した。非戦闘要員を討伐隊に入れてどうするのだろう。 メイファはラウに近付くことを考えての発言だろうと永久は思っている。 「じゃあ、はるも入るぅ!」 「なんで!?」 「もう全員、入隊しちゃえ」 春菜の発言の意図はわからない。意図なんてないのかもしれない。それよりも魔王の雑な発言のせいで全員が入隊することになってしまった。 舞とメイファと春菜はハイタッチなどをしてはしゃいでいる。明と竜央は苦笑い。ラウは殺気立っている十六夜を宥めている。その他は困惑してたり、我関せずと傍観していたり、様々である。永久は溜め息を吐いた。いつ帰れるのだろうか。 そういえば、と永久は隣にいてくれているラルドに声をかける。 「殺し屋と殺人鬼って捕まえなくていいの?」 「白騎士の管轄ではありません」 シュレッダーは赤い騎士を見たことがあるようだから、赤騎士の管轄なのだろう。騎士団の内部は思っていたよりも複雑そうである。 |