百花繚乱 | ナノ

     ゆりのはな


 帰らなきゃ。
 大切な弟のところに。
 弟のために生きてきた。弟のいないこの世界で生きる意味なんてない。だから早く弟のいる世界に帰らなければならない。
 そのためならばなんだってする。人体実験なんて、元の世界でもやっていたから、むしろ得意分野だった。

「リリィ、お客さんだよ」

 今日もやってくる。帰れると信じた哀れな異世界人。

「いらっしゃい」

 大事な研究材料。
 白衣を纏った金髪碧眼の美女は今日もきれいに微笑んで客人を迎えた。

  ■ ■ ■

 半年ほど前から異形といえる化け物が魔界に蔓延るようになった。呻き声を上げながら暴れまわる謎の生物。しかも月日の経過と共に強化されているのだ。徐々に手強くなっていく異形の化け物。殺しても死体が残らない。被害ばかりが増えていく。
 魔界の住人の多数は自衛ができる者なのだが、無力な一般人が全くいないわけではない。彼らが安全に暮らせるように早くなんとかしなければならなかった。

「ねぇ、依頼してよ。化け物をころしてあげるよ」

 そんな折に魔王の前に現れたのは殺し屋だった。
 殺し屋シュレッダーは両手に装備している猫手の鋭い鉤爪を見せながら「三枚に下ろして献上するよ」と愉しそうに笑う。

「じゃあ、お願いしようかな」

 魔王はにっこりと笑って依頼をした。
 そんな経緯があってシュレッダーは化け物討伐隊に加わっている。

「あー! もー!! どんだけいるのよ!!!」

 同じく化け物討伐隊の一ノ瀬舞はハルバートを軽々と振り回しながら叫んだ。

「こんな時にどうして久遠はいないのかしら」

 腕のたつ行方不明者へ文句を言いながら明・マリアは歌で化け物の動きを鈍らせている。完封は出来ないようだった。

「ひひっ、愉しいねぇ!」

 二人とは少し離れたところでシュレッダーは楽しんでいた。肉を抉る快感、許された殺戮に対する昂揚感、それらに恍惚の笑みを浮かべる。ただ死体が残らないことがとても残念だった。三枚に下ろして献上して争い事を好まない魔王の反応を密かに楽しみにしていたのに。

「うわぁっ」
「舞!!」

 切羽詰まった声の方を見ると、ハルバートを化け物の胸に突き刺したまま舞が宙ぶらりんになっていた。
 今日の化け物は昨日までの化け物よりも皮膚が硬い。シュレッダーですら鉤爪を通すのに苦労している。それなのにハルバートを突き刺すなんてどんな馬鹿力なんだ。抜けなくなったようだけれど。

「なんで抜けないのー!?」
「いいから早く手を離しなさい!」
「それはやだ!」

 必死に化け物を蹴りながらハルバートを離さない舞に化け物が手を伸ばす。化け物が人間にどんな攻撃をするのか気になったシュレッダーは動かなかった。掴んで投げ飛ばすのだろうか。それとも握り潰すのだろうか。あの人間ならば死体が残る。切り刻みたい欲求が沸き上がる。シュレッダーは好奇心と興奮でそわそわしながら動向を食い入るように見ていた。
 だが、彼の期待は第三者によって裏切られる。
 化け物の手が舞に届く前に化け物の首が取れた。

「ぎゃあ!?」

 閃光を放って化け物は消える。舞はハルバートと共に地面に転がり落ちた。
 化け物の首を斬り落としたのは鎌を二丁持った青年だった。シュレッダーは一目見て理解する。あれは殺人鬼だ。

「もしかしてカマキリ?」
「そうだけど……あんたはシュレッダー? なんで殺し屋がこんなところに?」
「おー。仕事だよ」

 殺人鬼カマキリ。犯罪者ばかりを殺すことから断罪殺人鬼などと呼ばれている。両手に構えた二丁の鎌と頭髪からカマキリと名付けられたらしい。服の合間から見える肌には包帯が巻かれている。ミイラかよ。

「そんなことより、助けてくれてありがとう!」

 起き上がった舞はお礼を言いながらカマキリに抱きついた。その後ろにいた明は「助かりました」と綺麗なお辞儀をする。カマキリは二人を見て首を傾げて「あんたらも殺し屋?」と問う。二人は「違うよ」「違います」と声を揃えて否定した。

「あの化け物はなんなの?」
「わかんない」
「あー、そう……」

 どこから現れて、どんな目的があるのか、全くわからない。呻き声を上げるばかりで意思の疎通は今のところ不可能だった。徐々に強化していっていることからそのうち言葉のわかる化け物も現れるんじゃないかと考えている。最優先事項が一般人の安全であるために化け物に関する調査は進んでいなかった。とりあえず、姿を見せたら殲滅するのである。

「で、殺人鬼さんはなんで魔界に?」
「人探しだけど、この様子じゃいないだろうね」

 化け物が闊歩するようになってしまった魔界に溜め息をこぼすカマキリの探し人はきっと犯罪者だろう。彼の法では殺し屋は犯罪者になるのだろうか。シュレッダーは少しそわそわしてしまう。戦ってみたい。
 大人しく話を聞いていた舞が突然声を上げる。

「やることないの? 暇になった? なら手伝ってよ!」
「「「えっ」」」
「だって人が足りないんだよ! 化け物はどんどん強くなっていくし、手に負えなくなる前になんとかしたいもん!」

 なんとかってなんだ。
 ねっ、いいでしょ? と舞はカマキリに詰め寄る。
 殺人鬼さえも討伐隊に加えようとしている舞に明は困惑しているようだった。聡い彼女はシュレッダーが人を助けないということに気付いている。カマキリは殺人鬼だけれども、きっと舞を助けてくれるだろう。法で裁けなかった犯罪者や捕まえられていない犯罪者を殺して回るのは自身が犯罪者になってでも人を助けたかったからである。

「……僕はいいけど」
「ほんと? ありがとう!」
「え、マジかよ」
「仕方ないわね。……よろしくね、カマキリさん」

 こうして化け物討伐隊にとても有能な戦力が加入した。

  ■ ■ ■ 

 また失敗だった。
 なにがだめなのだろう。
 度重なる実験の末、わかったことをすべて大事なメモリに記憶させる。大丈夫。間違っていない。間違っていないはずなのに。

「ねぇ、獅郎、わたしはいつあの子に会えるのかな」

 血に塗れたこんな手じゃ触れることさえ躊躇われる綺麗な愛しい弟。
 大事な弟が自分と同じ道を辿らされてしまう前に帰らなければならない。綺麗な手を汚れさせてはならない。

「……帰りたい」

 手術台の上に積み上げられた用済みの異世界人。役に立たなかった異世界人ども。
 十分に情報を採取した異世界人を今度は生物兵器に改造する。前回は皮膚の硬度を上げてみた。今回はどうしようか。
 リリィは自家製の薬品を眺めながら獅郎の充電が完了するのを待っていた。

  
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